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終着駅の恋人  作者: さつき けい


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9/9

9・終着駅の恋人


「いや、何があったか分からないが、男性から謝るべきか」


アゼルはぶつぶつと小声で唸っている。


「あのー」


セリが声をかけると、アゼルはニコリと微笑んだ。


「大丈夫、きっとうまくいくよ」


「はあ」


セリは訝しむ目で彼を見た。




「実は、私には産まれて間もなく生き別れになった兄がいてね」


アゼルの突然の告白。


彼は両親を亡くし、今の家は母方の祖父母の家らしい。


「兄とは今でもお互いに名乗り合ってはいないが、交流はあるのだ」


少し恥ずかしそうに笑う。


セリにはこの話が自分にどう関係があるのか、分からない。




「田舎に住んでいる苦労人の兄でね。 幸せになって欲しいと思っている」


『ウエストエンド』に興味を持ってくれた貴重な若い女性。


アゼルはそのセリを何とか兄に会わせたいと思った。


しかし、その二人が知り合いだったと知った時は驚いたのだと言う。


「ちょうど良かった」と、このまま、もうひと押ししようと意気込んでいたのだ。


「いえ、わ、わたしは」


「ええ、もちろんあんな田舎は嫌だと言われたらそれまでだが」


セリは首を横に振る。


「そうではなくて。 私、コガ先輩には嫌われているんです」


卒業式の日、確実に避けられていた。


 イコガの名前を出して、セリはハッとした。


「アゼル様、と、コガ先輩がご兄弟?」


その事実にぶち当たって驚いたのである。


「さすが、気づいたんだね」


アゼルのうれしそうな、無邪気な笑顔にセリは呆れた。


これって重大な秘密ではないのか。




「ここに切符がある」


セリの目の前に切符が置かれた。


書かれた行先の駅名は「ウエスト」だ。


しかしその下にはもう一枚の切符が隠れていた。


「『ウエストエンド』」


「はい。 今、ちょうど休暇中でしょ?。


良かったら直接、会いに行ってみてはどうかな」


「会いたいのでは?」と言われ、セリは思わず頷いた。


たとえイコガに会えなくても、自分の目で『魔の渓谷』や『魔物の地』を見ることが出来る。


セリの心は揺れた。


「ご心配なら護衛も付けよう」


「いえ、それは結構です」


アゼルは断られても密かに護衛はつけるつもりであるが。




 祖父が運転士だったセリは、幼い頃から汽車には乗り慣れている。


だけど自分は本当にこれを手に入れてもいいのだろうか。


じっと切符を見ていた。


「遠慮なく、どうぞ」


アゼルは、テーブルの上の切符をセリの前にずいっと押しやる。


そして立ち上がった。


「では、私は用事があるので、これで失礼します」


アゼルはフードを深く被り、支払いを済ませて店を出て行った。


 セリはしばらくの間、動けなかった。


「どうすればいいの」


しかし、アゼルがいなくなった今、切符をこのまま置いておくわけにもいかず手に取る。




「あら、セリ。 どこに行ってたの?」


いつも通り少し高い母の声がセリを出迎えた。


「ううん、何でもない」


セリは母親の疑うような顔に、返答に失敗したことを悟る。


「あ、あの」


手に持っていた切符を取り上げられる。


「お母さん!」


行先を見た母親は目を剥いて驚く。


「これは、預かります」


そう言って奥へ引っ込んでしまった。


「あ」


セリは呆けていた自分を呪った。




 その夜、いつもは帰りが深夜になる父親が早く帰って来た。


弟のトールはうれしそうに父親に纏わりついて、無理矢理会話をしている。


だが夕食が終わると、トールを部屋に追いやった両親がセリを呼んだ。


「これはどういうことだ」


父親の落ち着いた声が、セリには母親の甲高い声よりも恐ろしかった。


「アゼル様にいただきました」


アゼルのことに関しては母親が説明してくれた。


セリは、イコガのことはぼかし、『ウエストエンド』に興味を持った自分にアゼルがプレゼントしてくれたのだと話す。


「どういう所か、知っているのか?」


父親の眼鏡の奥の瞳は心配しているというより、セリを試している。


「本当にここに行きたいのか?」


セリは頷いた。


「行けるかどうか、分からないけど」


行きたいという気持ちは確かにあるのだ。




「そうか」


父親はセリに切符を返してくれた。


顔を上げると、父親は微笑んでいた。


「君はもう成人した一人の人間だ。


決めるのはセリ自身だよ」


「あなた!」


母親が隣で声を上げるが、父親は知らん顔でセリに話し続けた。


「だけど、一人というわけにはいかないなあ」


「それならわしがついて行こう」


待っていたように奥の部屋から祖父が顔を出した。


「お祖父ちゃん」


「なあに、わしもそろそろ引退だ。


老後をウエストの農地で過ごすのもいいじゃろ」


その下見ついでだと笑った。


「ありがとう、お祖父ちゃん。 お父さん」


「もうっ、あなたもお義父さんもセリには甘いんだから」


基本的に夫の決めたことには反対しない母親だった。




 セントラルからウエストまでは汽車で丸二日。


そこから『ウエストエンド』までは約半日かかる。


「滞在が一日としても往復でほぼ七日じゃ」


祖父が汽車の時刻を調べ、セリたちは翌朝の一番の汽車に乗った。


「いいかい、セリ」


祖父が付き添うのはウエストの駅までだ。


「そこから先は一人で行かなけりゃならん」


セリはアゼルから、


「行くつもりがあるなら、必ず事前に『ウエストエンド』駅に連絡するように」


という忠告を聞いていた。


予告なく攻め込まれたことがある『ウエストエンド』は、かなり神経質になっているらしい。


向かう者を連絡をすると、精査した上でウエスト駅で返答が来る。


許可された者しか『ウエストエンド』行きの汽車には乗れないのだ。


たとえ付き添いといえど祖父は拒否されてしまう。


「わしはこの町で待っておるからな」


仕方なく帰りの打ち合わせをして、セリは祖父と別れた。


普通の車体とは明らかに違い、頑丈そうな『ウエストエンド』行きに乗り込む。


「行ってきます」


祖父に手を振るセリの胸には未知への恐怖と好奇心が入り混じる。


窓の下に長く深い『魔の渓谷』が広がっていた。


汽車は曇天の下を進んでいく。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、『ウエストエンド』駅のホームでは。


「おい、本当に来るのかよ」


身体の大きな警備兵が線路の先を睨む。


「連絡はあったよ」


返事をしたのは駅長と呼ばれる者で、長い柄の付いたカンテラを高く掲げている。


薄汚れた長いローブの裾を引きずり、深く被ったフードの中は真っ黒で、眼光さえ見ることは出来ない。


「客なんて久しぶりだ。 歓迎しないとね」


「張り切ってるな、駅長」


「ラオン。 お前さんこそ、コガには伝えたのかい?」


ラオンと呼ばれた警備兵は、たてがみのような銀の髪をフルフルと振った。


「いや、だってさ。 本当かどうかも分かんないだろ?」


そんな不確かな情報を領主に伝えることは出来ない。


「もし怪しい奴だったら、いつも通り汽車から降さん」


二人はセントラルからの客を出迎える準備をしていた。




『ウエストエンド』はあまり陽の射さない町だ。


それは魔物たちが住むには好ましい環境だといえた。


駅の周りに小さな商店街と主要な施設はあるが、普通の民家は空き家が多い。


その家並みの向こう。


小高い丘の上に領主館が建っている。


 そこから白い馬のような魔獣に引かれた馬車が駆け下りて来た。


「ちゃんと出迎えの用意は出来ていますか?」


馬車から降りて来たのは、まだ少年といえるほどの若者だ。


着ているものは上等できちんとしている。


「もちろんだ。 お前こそ、緊張し過ぎて失敗するなよ」


少年は銀髪の警備兵にからかわれている。


「私を誰だと思ってるんですか!。


領主館の執事ロクローですよっ」


「はいはい。 ロクロー様、ほら汽車の音が近づいてきましたよ」


駅長の声に警備兵と執事が慌てて並ぶ。




「で、ロクローちゃんよ。 コガはどうした?」


「いつも通り寝てます」


はあーとため息が揃って聞こえる。


「女性のお客さんなんて初めてですからね」


「驚かそうって話だったよな」


「ええ」


ロクローという名の少年執事はチラリと丘の上の屋敷を振り返る。


「こんな田舎に来てくれる女性がいるなんて、何も言わないご領主様が悪いんです」


内緒にされていたことに腹を立てている様子だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 執着駅で待っているものをセリは知る由もない。


ただ淡く心に浮かぶのは、セリを出迎える背の高い男性の姿。


それが本当の恋なのかどうかは、彼女自身もまだ知らない。



      ~ 完 ~


お付き合いいただき、ありがとうございました。


短くて申し訳ありませんが、第一部・完となります。

舞台がセントラルからウエストエンドに変わりますので、

一旦切らせていただきます。

よろしくお願いします。

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