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8・ウエストエンド争乱


「ん、何も聞いていないのか?」


そう言ってアゼルはイコガの事情を話し始めた。


「あいつは『ウエストエンド』の領主、まあ、この街でいえば市長だ。


たった十歳でその地位を受け継いだそうだよ」


母親はすでに亡くなり、父親の姿は『ウエストエンド』にはなかった。


「『ウエストエンド』は特殊な町だから、セントラルの王族に月に一度、忠誠を誓いにやって来るんだ」


魔力が豊富で魔法に長けるイコガは危険人物として扱われている。


反意がないことを証明するにはそれしかない。


「それが滞ると、軍が『ウエストエンド』を制圧に向かうことになっているんだよ」


アゼルはセリにだけそっと教えてくれた。




 それだけではない。 


魔物の棲む土地では住民に行き渡るだけの物資が無い。


そのため、イコガは長として食料や住民に必要なものを手にいれなければならない。


つまり彼は国から支援を受けるためにやって来るのだ。


「住民は彼がいなければ生活できない状態でね」


かつては名家の令嬢との婚姻も計られたらしいが、そんな土地へ嫁ぐ女性などいない。


あの容姿と魔力は魅力的だったが、イコガは『ウエストエンド』から切り離せなかった。




「では、待っているというのはー」


セリが顔を青くしている。


「恋人じゃなかったのね」


マミナが呆れたような声を出す。


「え、待って、それじゃあ」


セリは自分ひとりで勘違いをしていたことを知る。


「う、うう」


「きゃあ、セリ!」


そのまま倒れてしまったセリを、アゼルは護衛を呼び自宅まで送って行った。




「あいたたた」


翌日、セリは二日酔いだった。


「しょうがねえ奴だな」


今日は休みである祖父が、笑いながらセリにお茶を淹れてくれる。


「ごめんなさい」


セリは卒業式からしばらくはお休みで、その後、以前から通っている病院に出勤となる予定だ。


「まあ、今日はゆっくりしてな」


「うん。 ありがとう、お祖父ちゃん」


何か言いたそうにセリを見ていた祖父が、ためらいがちに口を開いた。


「お前を送って来た者から聞いたが」


「アゼル様が何か?」


金髪の美丈夫がセリを護衛付きで送って来たというので、おそらくアゼルのことだろうと思われた。


「お前が失恋したというのは本当か?」


「お、お祖父ちゃん」


セリは真っ赤になって俯いた。




「すまん、それはわしのせいかもしれん」


孫娘かわいさに、イコガに余計なことを言ってしまったと詫びた。


「ううん、違うの。 あれは私の勘違いで、勝手に諦めただけなの」


セリは、イコガの背負っているモノを思えばこれでよかったのだと思う。


自分には到底手に負えるものではない。


「そうか。 セリには重いか」


祖父は安心したようにホッと息を吐いた。


「お祖父ちゃん、何か知ってるの?」


何故か訳知り顔の祖父をセリは訝し気に見る。


もうあの男性を諦めたというなら、話をしてもいいかと祖父は一つ頷いた。


「あれは『ウエストエンド』のご領主様じゃろ?」


セリは驚いて祖父の服を掴んだ。


「どうしてそれを」


イコガたちには秘密にしろと言われている。


「二十年前の話になる」


セリの祖父はゆっくりと語り出した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 西の端『ウエストエンド』で起きた事件は、遠いセントラルの街にも衝撃を与えた。


それは王族に関わる事だったからだ。


『ウエストエンド』は珍しく人と魔物とが共存している。


しかもそれは危ういバランスで保たれていた。



 当時の『ウエストエンド』の領主の妻はある貴族出身の女性だった。


しかしそれは祝福されたものではなく、両家に反対された駆け落ち同然の結婚である。


やがて跡継ぎが産まれ、安心したところで悲劇が襲う。


王都から軍がなだれ込んだのだ。


「拐われた貴族の女性を救出する」という名目で。

 

街は大混乱に陥り、魔物も人も、兵士に逆らった住民の多くに被害が出た。


館に立てこもった者たちは、大切な跡取り息子である赤子を地下の秘密の部屋に隠した。




 その日、領主夫妻は妻の実家へ赤子を連れて里帰りをしていた。


セントラルの実家からは何度も何度も「孫の顔が見たい」と懇願の手紙が届いていたのである。


それは王族の一部が計画したものだった。


「あの人族のいる町さえなければ、恐ろしい魔物の地など切り離せるだろう」


そのためには貴族の女性がいると邪魔になる。


何とか離れさせなければならなかった。


留守を狙った襲撃。


しかしその戦闘は長く続き、セントラルから向かった兵士たちのほとんどが生死不明となる。




 領主は、王族に直接抗議に出かけたまま戻らなかった。


心労から病気になった領主の妻は、幼子を残して亡くなった。


その事件が発覚すると王族は民衆から激しい糾弾を受けた。


 十年後、『ウエストエンド』は王族と和解。


セントラルからの監視者が常駐することになり、生き残った跡取り息子が長となる。


悲惨な事件であるため、ほとんどの図書館で資料は非閲覧の措置が取られた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「お祖父ちゃん。 おかしいわ。


息子を連れて里帰りしていたんでしょう?。


でも館には跡取り息子を隠していたって」


「セリ、赤子は二人いたのじゃよ」


領主夫妻は体調が悪かった長男を残し、弟だけを連れて実家へ向かったのだ。




 あの得体の知れない青年を見た時、祖父は孫娘が興味を持ちそうだと感じた。


「お前は不思議なものや、不可解なものが好きだからなあ」


そして『ウエストエンド』の話が出た時、祖父はあの少年を思い出す。


孫娘が見映えの良い外見にポーっとなっているなら、何度か会ううちに警戒し、諦めてくれるだろうと思っていた。


「わしはな、セリ。 見てしまったんじゃ」


当時、駅で働いていた祖父は、たった十歳の領主が汽車から降りて来る姿を見た。


黒く長いマントを引きずる小さな影。


「あれは『人』ではなかった」


今でも震えるほど禍々しい気配を発していた。


そう話す祖父の顔が険しい。


「お祖父ちゃん」


セリは祖父が誰のことを話しているのか、分かった。




 セリは、あの公園の水色の髪の少年の顔を思い出す。


「『ウエストエンド』の者は魔力が高く、異形の者でも年齢が高くなれば変装出来るようになる」


イコガはそう言った。


あれは彼自身を含んでいる可能性が高い。


「コガ先輩自身が異形……」


だけど、セリを抱き締めたイコガの身体は暖かかった。


ちゃんと血の通った者の温もり。


あの時、彼はどんな気持ちでセリを抱き締めたのだろう。




 悶々とする夜が続く。


どう考えてもイコガに非は全くなく、自分が悪い。


セリは彼に謝りたいと思ったが、どうやって会ったらいいのか分からない。


 時折、セリは駅の広場へと足を向ける。


イコガとお茶を飲んだテーブルが目に付く。


このままここに座っていたら、あの駅から彼が出て来るだろうか。


……異形かもしれない。


そんな彼の真実を知っても、セリは尚、彼に会いたいと思う。


胸が締め付けられ、涙がこぼれそうになる。




「セリ」


いつものように広場でぼーっとしていると、ふいに背後から男性の声がした。


ハッとして振り返るが、そこにイコガはいない。


「アゼル様」


筋肉質の青年が立っていた。


いつも追いかけて来る女性たちの目を誤魔化すために深く被っていたフードを脱ぐ。


「少し話をしたいのだが、いいだろうか?」


セリはコクリと頷いた。




 今日は店の中の席に座った。


駅の出入り口が良く見える窓際である。


セリはアゼルに会ったらお礼を言わなければならないことを思い出した。


「先日は送っていただいて、ありがとうございました」


「いや、当然のことをしたまでだ」


でも、振られた話を家族にして欲しくなかった。


セリが遠回しに文句を言うと、アゼルはポリポリと頬を掻いた。


「あー、それはすまなかった」


何故、セリが潰れるほど飲んだのかと、弟のトールに問い詰められたのだと言う。


「あなたが卒業くらいであんなに酔うまで飲むとは思えないと」


家族にはそんなふうに心配されていたのか。


セリは申し訳なくなり、アゼルに謝った。


しかし、アゼルは思いがけないことを言い出す。


「いや、あなたが謝る相手は私ではないはずだ」


「え?」


アゼルの青い瞳はまっすぐにセリを見ていた。



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