1・中央都市セントラル
完全、新作となります。
今回は九話で終わります。
よろしくお願いいたします!
中央都市セントラルという街。
鉄道と呼ばれる線路の上を、箱型の客車を何両も連結した汽車が走る。
それの拠点となる駅を中心とした、この国では一番大きな都市。
駅の周辺広場を中心に四方に伸びた線路で区切られ、北には工場が立ち並び、西には住宅地。
南は高級住宅街、東は公共の施設が多い。
煙を吐く高い煙突、年中灰色の空。
働き詰めの平民たちと、それにより利益を上げる富裕層が住む街。
それがセントラル。
十七歳になったセナリーはまだ学生だ。
亜麻色の髪、瞳は茶色と青色が混じる。
女性としては背丈は普通だが痩せっぽち。
中流家庭のごく普通のお嬢さんだが、学業は優秀な部類に入る。
「お祖父ちゃん、お弁当持って来たわ」
「おお。セリ、ありがとうよ」
彼女の祖父は駅広場にある美術館の守衛である。
祖父が夜勤の日は、授業が終わった後、夕食を届けるのが彼女の仕事だった。
「セリ、申し訳ないが、今日もまた一人いてな」
祖父に夕食の弁当箱を渡すと仕事を頼まれた。
「うん、分かった。 見て来るわね」
美術館の閉館時間になっても出て来ない来館者を探して、退館を促す。
守衛の仕事の一つだが、セリの祖父は足が悪いため、時々彼女が代わりに館内を探すことにしていた。
駅前の広場の一角にある国営の美術館。
細長い建物の入り口から、一周して入り口の横にある出口に戻るようになっていた。
ただ、美術館の中には一部、入り組んだ場所がある。
そこには休憩用の椅子があるため、よく座り込んで時間を忘れてしまう人がいるのだ。
彼女はそれをよく知っていたので、真っ先にそこへ向かった。
絵画や彫刻は照明が当たって明るいが、他の場所は薄暗い。
特にこの建物は日光や外の風を嫌うものが多いので、外への排気口はあるが窓はあまり無かった。
閉館時間を守る人たちはもういない。
静かな館内にセリの足音だけが響いた。
「あの、そこの方」
そう声をかけようとして、彼女の足は止まった。
照明が当たる壁の絵画をじっと見つめる若い男性。
彼女はその姿に見覚えがあった。
「コーガ先輩」
正式名は確か「イコガ・イクーツ」
セリが通う学校を去年卒業した有名人のひとり。
黒い髪に黒い瞳、白く透き通る肌。
背は高く、細く見えるのにしなやかな筋肉を持ち、学業も剣術もかなり優秀だった。
とにかく目立つ存在なのに、本人はとても無口で人を寄せ付けない。
学校の女生徒たちは遠くからため息を吐いて眺めるだけだった。
その憧れの存在が、今、セリの前にいた。
ぼーっと立ち尽くしていると、ふいにその男性が振り向く。
「なにか?」
その声は低く、セリの様子に戸惑っているように聞こえる。
「あ、あの、閉館時間です」
セリはやっと聞こえるような声でそう告げた。
言いたくなかった。
出来ればずっとこのまま、その横顔を眺めていたいと思ってしまう。
「ああ、もうそんな時間か」
すまないと謝って、彼は歩き出す。
男性が自分のすぐ横を通る。
セリはハッとして、その後を追った。
「申し訳ありません、お客様。
出入り口はもう閉まってしまいました」
一歩が大きい脚の長さを恨みながら、彼女は男性の後ろから声をかけた。
「うん?、ではどうすれば」
男性は足を止めて振り返る。
「守衛用の出入り口がありますので、ご案内いたします」
そう言って、セリは彼の先に立って歩き出す。
「ありがとう」
自分の後ろに憧れの先輩がいる。
セリは自分の背中が熱く焼けるように感じた。
だけど幸せな時間はすぐに終わってしまう。
「こちらです」
美術館の何気ない角の一部に、一般の人には見えないように壁が区切られていた。
背の高い植物が目隠しに置かれている。
セリは、彼女一人なら通れる隙間だが、この男性には難しいだろうと思った。
「少しお待ちください」
慌ててその鉢植えを動かそうとした。
彼女の行動を察し、男性は先に動く。
「これをどこへ?」
大きな鉢を軽々と持ち上げる男性に、セリは驚いて息を呑んだ。
「いえ、あの、少し動かせばそこに扉が」
慌てて壁の一画を指差す。
そこには壁に隠された扉の取っ手が見える。
「ああ、これか」
男性は頷いて、植物の鉢植えを横に置き、扉を大きく開いた。
ふわりと外の風が入り込む。
「ああ、だめです。 外気は美術品を痛めますので」
この街では石炭を燃やす家庭や工場が多く、外気は煙いことが多い。
セリは慌てて彼を押し出し、自分も続いて外に出ると扉をきっちり閉めた。
はぁはぁとうるさく聞こえる呼吸を抑えるように、セリは彼に触れた手を胸に押し当てた。
「ずいぶん迷惑をかけてしまった。 すまない」
男性は少ししょんぼりとした声で彼女に謝った。
「いいえ、よくあることですので」
夕暮れの広場には、もう人影は少なくなっている。
「申し訳ありませんが、担当の守衛が参りますので少しお待ちください」
「分かった」
セリは顔を上げ、ようやくゆっくりとその男性を見ることが出来た。
見慣れた制服姿ではなく、裾が少し長めの上等な灰色の上着、黒っぽいズボンに艶のある靴。
もの静かなその雰囲気は学生のころから少しも変わらない。
黒い髪は短く、襟足の白さが眩しかった。
長いまつ毛に縁どられた伏し目がちな瞳はまるで女性のように優しい。
「セリ、大丈夫かい」
祖父である守衛が足を引きずりながら急いでやって来た。
「うん」と頷く孫娘に安心し、客の男性に向き直る。
「あんた。 すまんが、これに名前を書いておくれ」
「はい」
セリが立ち尽くしている間に、祖父は男性と短い会話を交わしていた。
「今度からは時間を守っておくれ」
「ええ、すみませんでした。 列車の時間まで少し暇だったので」
そう言って、男性は「もうしません」と書いた反省文のような紙に署名して守衛に渡した。
「珍しい名前だな、どこの出身だね」
「西の端です」
セントラルから西の街ウエストへ向かう汽車は確か本数が少ない。
セリは頻繁に駅の中を通るので、自然に各列車の発着時刻を覚えていた。
「まだ時間がありますね」
彼女はうっかりそう呟いてしまう。
男性は大きくため息を吐いた。
「ええ。 仕方がないので、広場の店でお茶でも飲みながら待ちますよ」
円形の駅舎の周辺の広場には多くの飲食店がある。
男性はにこりと微笑んで歩き出す。
「気をつけてな」
老人が声をかけると、彼は振り返り小さく会釈した。
セリが男性の背中を見送っていると、祖父が心配そうに彼女に声をかけた。
「セリ、どうした」
「え?」
その頬に何故か涙が一筋、こぼれている。
「な、何でもないわ」
ハンカチを取り出してすぐに拭い、笑って見せる。
セリには分かっていた。
切なく胸を締め付ける想いが、涙となって溢れたのだ。
憧れだった。
遠くからそっと見ているだけの存在だった。
それが、今日初めて近くで顔を見て、言葉を交わた。
世の中にこんな幸せがあるだろうか。
「セリ、遅くなるとお母さんに怒られるぞ」
「う、うん」
現実に引き戻されたセリは慌てて身なりを整える。
「お爺ちゃんも気を付けてね」
「ああ」
白いマントの襟を合わせ、フードを被ると祖父に手を振った。
この街は地方から出て来る出稼ぎ労働者が多く、あまり治安は良くない。
セリは家路を急いだ。
「ただいま」
セリの家は美術館のある広場から駅を抜け、西口のすぐ近くにあった。
祖父と両親、弟の五人暮らし。
父親は鉄道関係で働いており、母親は家で家事をしている。
どちらかといえば裕福な家庭に入るだろう。
そのお陰で彼女は学校に通うことが出来ていた。
「お帰りなさい。 遅かったわね」
母親は心配性で、彼女が一人で出かけることをあまり良く思っていなかった。
「今度からトールに行ってもらおうかしら」
弟の名前を出されて、セリは慌てた。
「だ、大丈夫よ。 もう遅くならないから」
先輩にまた会えるかもしれない。
そんな仕事を弟に渡すわけにはいかなかった。
勉強があるからと部屋に入る。
まだ少し頬が熱い気がしていた。




