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最初も書きましたが、ここら辺は七年前くらいに書きました。ノリと勢いで。


当時好きだったコスモバルク(10歳)の子供の活躍が書きたくて始めた小説です。ので、どうしてもコスモバルクは出したいわけですが、当時学生の僕は元の設定までいじくり倒してしまいました。


ので、めちゃくちゃですが……笑ってやってください。(笑)どうか寛容にお願いします。


……僕の文章力も酷いが、エブリ○タがもうちょっとマシなら移植なんてしなくても良かったんだ………


「坊っちゃん、コスモバルクを知らんのか?」


半ばあきれたような顔で芝山がこちらを見る。


「いや、詳しくは・・・」


何も知らないが、

とりあえず名前は聞いたことがある

ということにしておいた。


すると芝山は懐かしそうに、


「ワシら道営に生きてるもんらにとっちゃあ、あいつは英雄やからなぁ・・・」


と、遠くを見つめるようにした。

勘助はなんだかよくわからなかった。

あまたいる競争馬の中でなぜコスモバルクという馬なのか。

なぜ、誰でも知っているような馬ではなく、

コスモバルクが英雄なのか。



「芝さん、なぜ芝さんはコスモバルクを英雄だと言うんですか?

もっと有名な馬もいっぱいいるでしょうに」



ふむ、と息を付いた芝山は、


何から話すべきか・・・


という感じで、自分の頭を撫で回した。



「英雄、と言うよりは恩人かな。


そもそもの始まりは、うちの先代がな・・・」


「親父?」



親父の名前が出るのか・・・


勘助は少し背筋を伸ばした


「せや、あれはまだコスモバルクが一歳の時や。」


芝山は、少し懐かしそうに、また、寂しそうに語り出した。





ーーー十数年前ーーー





「今年もまた安く買い叩かれた。」

山本兼続は歯を食い縛った。


ここは北海道の一歳馬のセリ市会場。


山本兼続は、スクイズの子をセリに出すためにここを訪れていた。


手塩にかけて育ててきたスクイズの子が、わずか120万円で落札される様を見て、山本兼続はため息を付いた。


さして血統がいいわけではない。兄弟に目に見えた活躍馬がいるわけでもない。

特別な設備で育てた訳でもない。

ましてや見るからに素質馬だとか、そういう訳でもない。



だが、山本兼続にとっては、苦労に苦労を重ねて育ててきた大切な馬である。

不可能とはわかっていても、それなりの値段で買ってほしかった。

ため息を付いた山本兼続を見て、芝山は言いにくそうに進言した。


「この値段じゃあ、坊っちゃんの生活費も足りまへんで・・・。」


兼続の顔がいっそう厳しくなる。


「坊っちゃんはまだ幼稚園児です。おかみさんが亡くなっちまった今、家政婦でも雇ってやらないことには・。」


兼続は、「わかっている」と言いながら、芝山の言葉を手で制した。


三年前に生まれた息子、勘助はまだ三歳。とてもじゃないが、家に一人でおいておくわけにはいかない。ましてや、自分が付きっきりで世話するわけにもいかない。


「わかっているんだ・・・。」


胸が苦しくなるような感覚に襲われ、山本兼続はうなだれるように下を向いた。


生活はただでさえ今も苦しい。かといって馬が高値で売れるわけでもない。

現役馬が活躍するわけでもない。

細々と、休養馬を受け入れる経済状況を淡々と続けてきた。



本当は、牧場を閉めるべきなのかもしれない。


ここ最近は、働けど働けど儲けのでない


いわゆる赤字


状態であった。


銀行からの融資を受けようにも、既に牧場は担保にしてあり、支払いが滞ればたちまち倒産である。

押しもできなければ


引きもできない。


まさに、成す術なく、


山本牧場は貧乏路線をたどって行った。


(これ以上にベビーシッターなんぞ雇えるか)



生活はギリギリだった。


兼続は、思うようにいかない現実を心のなかで呪った。


会場では、次の一歳馬の紹介が行われる。


『父キングマンボ、母エレメンタルアート、社来牧場生産、一千万から始まります!はい、一千万ないか?』



『一千万!』



「・・・。」


良血、社来生産、というだけのことで、一千万という高値でもすぐに買い手が付くのである。


今落札された馬などは、兼続から言わせると、


走る要素がわからない、といったような馬である。


馬格に乏しく、線は細く、張りもない。


勘に言わせると、走る気迫もないように見える。


そんな馬でも、知識のない馬主たちはあれよあれよと値段を吊り上げていく。


(全く理不尽な世の中だ・・・。)

一千五百万まで値段のつり上がったその馬を見つめながら、兼続はスクイズの子を思い出していた。



「おう。山本やないかい。なんやシケた面してんなぁ。」


椅子の後ろを振り返ると、

そこには古川が立っていた。


貧乏牧場の主と大牧場の主。


大学にいた頃とは大分差が開いてしまった旧友との再会を素直に喜ぶ気分ではなく、

セリの会場に目を戻した兼続は


「金持ちにゃあわからねぇ悩みだよ」


と、突き放すように言った。


しかし、古川は全く気にしない。


「よう、どないや?スクイズの子は売れたかや?」


兼続は、


こいつは本当に空気を読まんな


と、腹が立つやらあきれるやら、

さらに顔が険しくなって、


「満足のいく結果なら、こんな顔などしないだろう」


と、半ら怒ったような口調で言い返した。


しかし、そうまでしても古川はトーンを変えることはなく、


「ほうけ。まあ、どこもしんどいっちゅうこっちゃな。

あ、芝ちゃん、久しぶり!」


と、まるで聞き流すかのように挨拶に転じた。



・・・



ちゃんと俺の話を聞いてるのか?


芝山が「おっ、古川の旦那!」と返すのを見ながら、兼続は心のなかで古川を叱咤した。



相変わらずセリでは、良血が高値で取引されている。

また、ただ良血であるがゆえに馬主が競うように買いに走っている。

兼続は、本当に腹立たしくてしかたがなかった。



「・・。横、エエか?」


立っているのに疲れたらしく、古川は兼続の横の席を指差しながら聞いてきた。


兼続は少し黙りこみ、


「ああ。」


と、返事した。


会場には、馬主の声が響き渡る。



古川は、「おおきに!」とだけ言い、よいしょ、椅子に腰を下ろした。



そしてふう、と息をついて勘助の方を見、さっきの馬を指差しながらこう言った。


「あの馬が一千万やで。考えられるか?」


古川は、あきれたような顔を正面に戻す。


勘助は腕をくみ、下を向いて低い声で


「全く同感だ。」


と、返した。


あれならうちの馬がもっと評価されてもいいようなものなのに。


兼続は血統といういかんともしがたい問題を前に、現実を見るのが苦しかった。


そんな苦悩が顔にでたのか。


古川は兼続の顔を見て、それから天井を仰ぐようにし、


「うーん、あの馬やったらお前ん所のスクイズの子のほうが百倍くらいええように見えるけどなぁ。


まあ、気ぃを落とすなや、馬主の連中に見る目がないだけや。


お前はようやってる。」


と、慰めてきた。



気持ちはありがたかったが、素直に感謝を伝えることができる気分ではなかった兼続は、


「世辞はいい」


と、そっけなく返した。


「相変わらずやな。」


苦笑いした古川は変わらない親友の言動に、少し安堵した。



「・・・。」



「・・・。」



そのあと、しばし沈黙が続いた。


その間にも競り市は進み、4、5頭の馬が落札されていった。


そのさまを見続けているだけで、他にすることのなかった兼続は、椅子に座ったままウトウトしてしまった。


いや、寝ていたのかもしれない。


とにかく、一時的に外界との関係を絶った兼続の目には、全く何も映らない。


(・・・。)




いっそ終わるまでこのまま寝ていてやろうか。



本格的に睡眠モードに入ってしまった兼続は、椅子に深く沈み混んだ。














(・・・。)






・・・ろ。






(・・・。)





・・・きろ。





(・・・?)







・・・起きろ。








(・・・!?)








起きろ!―







(なっ・・・!!)



「はっ!!!」



兼続は椅子から飛び上がり、そのまま地面に崩れ落ちた。



「なんや!?どないしたんや!?」


突然倒れこんだ兼続に驚いた古川が声をかけた。


その様子を見て、周囲もざわつき始めた。


しかし、そんなことは

謎の声を聞いたような気がしてパニック状態の兼続が気にすることができるはずもなく、

兼続は


「声が!声が・・・!」


とわめき続けた。


「落ちつけ!落ちつけ!兼続!」


それでも兼続は錯乱したまま、


「聞いたか!?今の声!・・・いや、お前か!?お前俺に声をかけたか?なぁ、なぁ、古川!」


「兼続!」



古川が戒めると同時に館内アナウンスが流れた。



『お客様、ならびに出品者の皆様にお願い致します。

座席にて騒がれますと、他のお客様のご迷惑になりますので、会場内ではお静かにお願い致します。』




このアナウンスを聞いてやっと落ち着いた兼続は、

瞬時に自分のやったことと今の状況、

そして自分に注がれる目線に気付き、

同時に猛烈に込み上げる恥ずかしさに押し流されそうになった。



「やっと落ち着いたか。」


目の前には古川。


こいつも俺のせいでよほど恥ずかしかったろう。


兼続は、申し訳ないやら謝りたいやら、

とりあえず、


「う、すまん。」


と目線を伏せた。


回りからは微かに嘲笑も聞こえてきた。

無理もない、30くらいのおっさんが、突然騒ぎ出した挙げ句に館内放送で注意を受けたのである。


まさに、穴があったら入りたい


という思いであった。


「いったいどないしたんや、すごい声出してたで」


古川はささやくような声で、倒れこんだままの兼続を引っ張りあげながら聞いた。


「いや、少し幻聴がな・・・


いや、すまん。


何であんなに騒いだか自分でもわからん」


素直な解析だった。


よくよく考えれば、それほど騒ぐようなことではなかった。


しかし、実際は子供がわめくように暴れていた。


けれどもその原因を聞かれたところで、自分にはわからない。


まさにミステリーゾーンにでも入ったような気分だった。




回りの目線が冷たい。



・・・



「古川、悪いが俺は帰ろうと思う。」



当然の選択である。


訳もなく一人で騒ぎ散らし、

場内にさんざん迷惑をかけたあげく、館内放送の世話にまでなり、

同時に当の古川にまで恥をかかせたのである。


(頼む、俺は帰りたい。)


ここにいても特別やることはない。


芝さんがあとの手続きはやってくれる。


だから帰らせてくれ。



せっかく声をかけてくれた古川には悪いと思いながらも兼続は、


帰りたい一心だった。



しかし古川は兼続の希望に反した答えを返してきた。


「え~、もう帰んの?


付き合い悪いなぁ・・・。


せっかくやからもうちょっとだけおってや。」




どこまでも状況の読めない男である。


兼続は、遠回しに言っても仕方のないことを知り、


「いや、あんなことがあって恥ずかしいから。

頼む、帰らせてくれ。」



兼続は懇願した。



そこまで言われて兼続の本意をさすがに理解した古川は


「うーん、そうか?」


と、少し残念そうに首をかしげ、少し黙りこみ、それからひらめいたような顔を兼続に向け、


「よし、ほんならこないしよう。


今からうちの馬がセリにかけられるんや。まあ、売れるか売れへんかギリギリのところやけどな。


その馬の競りを見たらワイも用事なくなるから、したら二人でここ出よう。


な?」


とんでもない。


「いや、俺は一刻も早く出たい。」

古川はめげない。


「まーまー、そう固いことゆうなて。


次だけやから、な?


頼むわ~」



「・・・。」


こう言ったらもう聞かないんだろう。


無視して帰って今の関係をわざわざ無下にすることもない。


兼続はしぶしぶ浮かしかけた腰を椅子に戻して、


「そいつが終わったらすぐに帰るからな。」


と、不満たっぷりに返事した。


「わかってるって。もうあと一分かからんわ」


陽気に笑う古川。


よくぞこの状況で笑えるものだ。


兼続は、古川の図太さ


・・・。いや、鈍感さに


あっけにとられていた。


すると、次の馬入場のベルが鳴った。


『次の幼駒はNo.231、ラージブリーティングファームの生産馬。父、ザグレブ/母、イセノトウショウの牡馬です。』



「おっ!来た来た。売れるといいんだが。」


古川は膝に握りこぶしを作っている。


(こいつも力むことがあるんだ)


兼続は、視線を古川の手から幼駒の入り口に戻しながら、関心やら面白いやら、不思議な感覚に陥り、笑いそうになった。


『イセノトウショウの子、父ザグレブの入場・・・』






その時


その馬を見た兼続は、



その肉体美、毛づやのよさ


トモの張り、


凛々しい顔立ち、


溢れて見える闘志、

スラッとした肢体に


呆然と見とれてしまった。




「・・・。」


さっき俺を呼んだのはこいつか。


兼続は胸のなかでなにかを感じた。


(こいつは・・。)



『イセノトウショウの子、生産ラージブリーティングファーム、


3百万からのスタートです。


はい3百万ないか?3百万!』



「な・・・!」



兼続はふと我に帰った。


この馬が3百万だって?


そんな安値で売っていいような馬じゃない!


「古川っ!」


「なんや、ビックリしたぁ!」


わざとらしく古川が驚く。


しかし、兼続は古川のユーモアを全く無視して胸ぐらを掴み、


「うぉっ!?」


「お前正気か?


あの馬をそんな値段で売るなんざ・・・


お前の相馬眼はそこまでもうろくしたか?


絶対買い戻せ!わかったか!?」

「・・・」


古川は黙り混む


「お前ー」


その時別の声が向こうから聞こえた。


「3百万!」


先ほど、勘助が「くだらない」と表現した馬を買った、あの馬主だった。


兼続は焦った。



「いいか、よく聞け。


俺はあの馬が走ることを確信している。


あの馬を持つことはお前にとって必ずプラスになる!



それをあんなやつに取られるのが俺ぁ悔しくてならないんだ。


あんなやつのもとで走ろうもんなら走るもんも走らない!


だから、頼む!あいつを買い戻してくれ!」


「・・・。」


「あんなやつに絶対譲るな!



古川!」


その言葉を聞いた古川は、かっと目を開き立ち上がり、


「一千万!」


と、叫んだ。


場内がどよめく。


『・・・。い、一千万出ました。二千万ないか?』


さっき3百万を宣言した馬主は半笑いで席に座り、あり得ないというようなジェスチャーをして隣の馬主と話し始めた。


『イセノトウショウの子、一千万での落札です!』


からんからんとベルがなる。



(間に合った・・・。)


兼続は安堵と共に席にどっと倒れた。



よかった。


古川なら馬の扱い方をわかってくれる。


あの馬の実力を引き出せるローテーションの組み方をわかってくれるはず。


兼続は、自分の言葉で瞬間の判断で買い戻すことを決めてくれた古川に、


感謝で一杯だった。


別に兼続自身に利益があるわけではない。


しかし、兼続は、古川のもとであの馬が現役を送れるという図が、嬉しかった。



古川はしばらく遠くを見つめる風に立ちつくしていたが、やがて座り

ふふっ、と笑い



「まーた兼続の口車にのせられたわ。


ふん、しかし今回は高っかい買い物してもうたなぁ」


ははは・・・。と作り笑いをして、古川は

参ったなぁ、

といった風に頭をかいた。


古川にしてみれば、希望金額で売れるはずだった馬を買い戻し、なおかつその馬の将来に博打を打ったのである。


早々軽いことがらではなかった。


しかし、兼続には、根拠はないが


確証はあった。


「大丈夫。必ず損はさせん。」



「・・・。」



「この馬は必ず、俺たち小牧場や、零細血統の馬たち、社会の偏見に負けない力を、俺たちに見せてくれる。


きっと、見せてくれる。」


兼続はわずか五分の間ではあったが、その馬を見て、


自分が馬産を続けることに関して、希望を持った。


この馬が、この馬が走ってくれるなら、俺たちの努力も無駄ではないことを証明してくれる。


そういう希望だった。


楽観主義なのかもしれない。


しかし、それでもなお、兼続には馬産に対する情熱が芽生えていた。



その感動が顔に出たのだろうか。


古川は兼続の語る姿を見て、



いけるかもしれない。



という考えを持った。


「まあ、競走馬っちゅうのは走らせてみんとわからん。


しゃーけど、愛されんと走る馬に勝ち目はない。


そう考えると、この馬はお前の希望を背負うてる分だけ


強くなれるかもわからんな。」




愛を受けない競走馬は走らない。


そうかもしれないし、そうでないかもしれない。


競走馬は経済動物である。しかし、愛される要素を持ち合わせてい生まれてくる動物でもある。


古川の言葉は兼続の胸に押し込まれた。


時計を確認した古川は、立ち上がり、


「そろそろ出よか?」


といって出口へ繋がる通路へと歩み出した。


「おう。」と返事をした兼続が続く。




しばらく歩くと、ふと思い出したように古川が兼続に話しかけた。


「お前んとこの勘助ちゃんはどないや。元気か?」


兼続には心苦しい話だった。


「いや、まあ、元気は元気だが・・・。」


「・・・生活費か?」


「ああ。」


「そうか・・・。」


古川は親友が生活のことで悩むのを見ているのが心苦しかった。


本当なら金を渡せば解決する話だが、


兼続が受けとるはずもない。


さりげなく援助するのがいいのだが、


なんとかならないものか・・・。




ん、まてよ?


(さりげなく援助か。)



「兼続よ、こんな話のときに言うのもなんやけど、


あの馬の始末はちゃんとしてもらうで。」


「!!」


兼続は、予想もしなかった言葉に驚いている。


古川は続けた。


「当たり前やん。俺の大損の原因は、もとをたどればお前にあるんやで。

多少は責任とってもらわんと。」


「そんな・・・!」


「そうやなぁ。よし、あの馬の馬主としての権利を30%ほど買ってもらおかな」


「な!


うちにそんな余裕があると思うか!?」


兼続は当然反論する。


次第に足が早くなる。


「そっちの都合は知らんがな。


とにかく買うてもらうぞ。


そやなー。値段は、3百万の三割、9十万といいたいところやけど・・・。」


「古川、待て!」


「百円でどうや?」


「えっ?」




百円?


百万円の間違いか?


「お前今、百円って言った?」


「ああ、せや。百円で買え。


これはお前の義務や。」


兼続は訳がわからなかった。


「なんで?」


「なんでやあらへん。もう決めたことや。」


「いや、そういうのでなく・・・」



ちょうど出口のところで古川は立ち止まり、兼続の方を向いて、



「それであの馬が儲けた時の配当金は、お前の勘助ちゃんの就学預金に振り込んどくわ。」


「!!」



それだけ言い残し、古川は自分の車へ歩き出した。



兼続は、涙が出そうになった。


(野郎、俺を心配して・・・)



兼続は、自分のことを心配してくれている人間がいることに感謝し、同時に


勘助は立派に育て上げる。


泥水を飲んででも這い上がって見せる。


必ず恩は返す。



と、新たな決意を胸にした。



兼続は遠ざかる古川の車に、深々とお辞儀をした。





(必ず・・・)






「・・・と言うような話があったんや。坊っちゃん。


まあ、その時、古川の旦那が買い戻した馬が、


後のコスモバルクや。」


「・・・。」


「まあ~、これが絵にかいたような孝行息子でな。重賞勝ってくれただけでもありがたいのに、シンガポールでG1勝ってくれてなぁ。

古川さんは古川さんで、『勘助ちゃんが卒業するまでは!』ゆうて、アイルランドの児島さんとこに預けて現役続けさしたんや。」


「そんな・・・」


「実際批判もぎょーさんあったで。

しゃーけど古川さんは頑としてやめさせへんくてな。


結局最後骨折で引退するまでバルクは必死で走り続けたんや。


坊っちゃんのためにな。」




知らなかった。

俺が今、こうして無事に社会人ができているのも、

牧場が維持出来ているのも、

すべては古川さんと

コスモバルクのお陰だということを。

しかも二人とも、まさに自分の身を粉にして俺のために働いてくれていた。

馬にそんな感情があるかどうかはわからない。

もちろん面識もない。

しかし、コスモバルクによって育てられてきたことを知った勘助は、

感謝の気持ちでいっぱいだった。

同時に、


親父と俺の持っている借りを返すのも


今だと感じた。


「芝さん、種付けしましょう。」


「なんや?」


不思議そうにこちらを見る芝山。

「ラグフェアーにコスモバルクをつけましょう!」


「お、おぅ」


余韻に浸っていたらしい芝山は、突然引き戻された現実にたじろいだ。


「恩を返すなら今だと思うんです。


コスモバルクの子供を作って、活躍に導きましょう。


そして、それが出来る子を作りたいんです!


それがコスモバルクの子になら可能かもしれません!


だから、お願いだ、芝さん!」


ラグフェアーにコスモバルクをつけさせてください!」


勘助はテーブルの上に頭をついた。

芝山は、その状況に少し錯乱したが、必死に取り繕い、


「坊っちゃん、気持ちはようわかる、


ワシが言い出したことやし、なんの文句もない、むしろ賛成や。


しゃあけどな、問題がひとつあるんや。」



え?この期に及んで問題?


いったい今さら何を


一抹の不安が勘助の胸をよぎる。


「問題とは?」



「うん、それはな・・・」


勘助のヒートアップした頭は


次の言葉にクールダウンさせられた。














「コスモバルクは、

種牡馬に登録してないんや」


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