後日談・冒険の始まりの事情
本編で描き切れなかった分を後日談としました。
ずっと書きたかったこの世界の地図を描きながら作りました。
一連の騒動から半年が経過し、完成した船の引き渡しが行われることになった。
「僕たちは連れて行ってもらえないんだろうなあ」
造船所の中にある船の前で、ギードの長子であるエルフの少年ユイリは残念そうである。
「海なんてつまんないでしょ?」
ユイリの双子の妹で人族のミキリアはあまり興味ないような顔をしている。
しかし、この顔は頭から否定されるのを怖がっているだけで乗りたくないわけではなさそうだ。
「おとーしゃまはあれに乗るでしゅか?」
末娘のナティリアは大きな船を前にしてうれしそうにはしゃいでいる。
「まあ、ナティなら乗るのも降りるのも自由だもんな」
ユイリはうらやましそうに妹の頭を撫でる。
「ナティリア様は私と一緒にお留守番ですよ」
三人の子供たちと青年執事は、船の側で勝手にあれこれ考えていた。
その日は初めての王国所属の大型船が、造られた町から出航することになっていた。
ギードはあらかじめ首都の町の神殿から『大神』の護符はもらって来ている。
この造船所のある港町は、王都からずっと南にある。
ハクレイの実家である下級貴族の領地。 始まりの町領主のシャルネの祖父である「剣王」のいる町だ。
今日の引渡式典のために王太子夫妻やシャルネ夫婦も子連れで来ていた。
「ギード、一体ここからどこへ向かうつもりなんだ」
「まあ、それは追々です」
ギードは王太子の言葉に適当に返事を返す。
商売敵の多い人目のあるところで出来る話ではなかったからだ。
とりあえず、陸地を横目で見ながらの試験航海になる。 もちろん、一般的な試験は造船所のほうで済ませていた。
引渡しの式典は国を挙げての祝い事だ。
新しい交易の形を作り出す国家の一大事業なのである。
ギードは多くの人々の喜ぶ顔よりも、興味津々で目を輝かせる妻子の姿に胸を撫で下ろす。
「こうしてみると、あの苦労も報われるな」
思い出すだけでげんなりする「結界の町」での日々。
『神』に対する感謝や敬意など、ギードにはとっくにない。
邪魔くさい相手としか認識していなかった。
しかし結局はギード自身が言い出したことが発端なので、誰かに文句も言えない。
八つ当たりの相手は打たれ強い聖騎士か第二王子くらいにしておこうと思う。
「さて、皆さん。 乗船してください」
「は?」
式典の翌日、ギードは警備の問題で一か所に集められ朝食を取っていた主要人物たちに声をかけた。
「ここから始まりの町までの沿岸航海ですが。 あれ?、興味なかったですか」
造船の町から始まりの町までの航海は、予定では数日もかからない。 わずかな日程である。
乗り心地を確認するための航海なので、船員はすべてギードの眷属精霊で賄うことになっている。
結界の町事件では役に立てなかったと、今回は眷属たちが異常に張り切っているのだ。
「ギドちゃーん、僕たちもいいの?」
双子がギードに駆け寄って来る。
今日は自国へ出立の予定だったので準備はすでに済んでいる。
「もちろんだよ。 さあ乗って」
わあい、と子供たちが駆けて行く。
「ワシらも良いのか?」
孫娘のシャルネと一緒にいた『剣王』がこっそり聞いて来たので、笑顔で頷く。
そこからは雪崩のように興味のある連中がやって来た。
怖がる者も当然いるし、護衛は必要が無いとして断ると自然と人数は制限された。
「おお、本当に動くのだな」
王太子がうれしそうに甲板で海を眺めている。
「殿下。 全く安全というわけではないのですから、あまり身を乗り出されませんように」
王太子妃ではあるが、長年護衛しているスレヴィが隣で注意している。
「わかっている。 スレヴィもたまには仕事を忘れて楽しめ」
最近、この王太子はギードに負けない腹黒さが露呈してきた。 さすがあのお茶目な国王の息子である。
「我々が船に乗ったと知ったら、父王はきっと歯ぎしりして悔しがるだろうな」
苦笑いを浮かべたギードは、国王がまた無茶を言い出さないように祈った。
夜になり、船内にある遊戯室で大人たちはのんびりと酒を楽しんでいた。
子供たちはすでに船室に入り眠っている時間。
「それで、最終的にはどのような交易路になるのだ?」
王太子の質問にギードは大きな紙を取り出した。 それを部屋の真ん中にある大きな円卓の上に置く。
中央に丸があり、そこにドラゴンの絵が描かれている。
「この大陸の中央にあるのがドラゴンの領地です」
その下に王宮のある王都、上には商国、さらにその上に首都の町。
中央から右手の下の方に魔法の塔の町、その下には始まりの町。
「そして、ここは大陸の一番南に位置しています」
王都から下に造船の町。
実は中央から左手側はまだ未開地が多く、時折、魔獣が出るので聖騎士団の遠征が行われる地域だ。
ギードはそれらをぐるりと囲む線を描く。
「これが海岸線です。 まあ、だいたいの目安なので、あまり細かいことは気にしないでください」
シャルネが興味深そうに見入っている。
「始まりの町の東にある港の、この辺りにエルフの森がありますよね」
紙に描いた始まりの町の下。海を挟んで斜めに細長い丸を描き、上のほうにエルフの森と書く。
そしてその長い丸は始まりの町から、造船の町の近くまで伸びていた。
(本当はこの陸地の下のほうが結界のあった港町だと思うんだけど、まだわからないんだよな)
ギードはエルフの森とあの温泉の町は同じ陸地にあるという気がしている。
「実はこれ、まだ予想でしかないんですが」
ギードはもう一度、紙の上のほうの首都に手を置き、そこを持つ。
次に、下のほうにある造船の町と書いたところを持つ。
そして持っていた場所を繋げた。 紙の上下を繋いだ筒状になる。
「これは、どういうことだ?」
王太子が首を傾げると、シャルネが目を輝かせてはしゃいだ声を出した。
「ギードさん!。 これって、首都の町と造船の町が近いってことですか?」
ギードは頷く。
根拠はある。 植物の種類、植生が造船の町と首都の町が似通っているのだ。
風で種が飛ばされる位置関係、もしくは鳥などが往来している可能性がある。
「もしかしたら、この紙の端に当たる部分に『神』様の転移結界とかあるのかなと思ってるんですけど」
首都の港から真っ直ぐ船で進んだら、途中で何かにぶつかるとする。
そこが海の終わりならば、『神』の転移結界で造船の町の近くに出るのではないかと予想しているのだ。
かなり遠いだけで、ただ海が繋がっているだけかも知れない。
それとも、全く見知らぬ土地が見つかるのだろうか。
「それを確かめたいんですよね」
ギードの顔からはにやりと黒い笑みが漏れた。
今回はギードの魔力と眷属たちだけで船を航行させている。
内陸にある王都から一番近い港は始まりの町だ。
始まりの町に入港後、客と使用人を全員下ろす。
後はギードの家族と眷属たちだけで首都の町まで船を移送する予定になっている。
だが、闇のハイエルフはだた航海するつもりはない。
首都の町までの航路を確認した後、温泉の町を目指す。
(ふっふっふ。 やっぱり自分の目で見たいからね)
航海の邪魔をすべて排除する『大神』の加護もある。
ギードはこのまま交易路の確認に行くつもりなのだ。
結界の町から戻って半年、この日のために商会や商国に関して任せられる者を徹底的に教育してきた。
何かあれば領主となったサガンが知らせてくれる手筈になっている。
「じゃ、私もついて行くね」
二人だけの部屋の中、タミリアはにっこり笑ってギードの腕をしっかりと掴む。
「もちろん、家族で行くさ」
ギードもタミリアの手を握る。 決して離すつもりはない。
この船は交易の前に冒険の旅に出る。
この世界の新しい地図を作るために。
静かな夜の海は、波の音がただ揺れているだけだった。
~完~
お付き合いありがとうございました。
この物語の世界観が少しでも伝わることを祈っています。