魔法
長くなりそうだったので、分割しました
僕たちがこのエルーゼ王国に召喚されてから、数週間がたった。この国での勇者としての生活は、まあ、学校に通っていたころと大差ない。学校で授業を受けていた時間が、そのまま戦闘訓練に変わっただけだ。
とはいえ、体にかかる負担は学校の比ではなかったが。まあ、当たり前だ。
起床後すぐに体力作りのための基礎訓練。その後朝食を挟み、本格的な戦闘訓練を行う。昼食をとった後は、敵の情報や戦術の座学。最後に軽く模擬戦などを行って、大体空が赤くなる手前くらいにその日のノルマが終了する。週に休みは一日。
訓練が終わった後の時間や週に一度の休みに何をするかは、僕たちの自由だ。城から出てすぐの町に行くことは許可が出ていたので、友達と外出する人が大多数のようだった。あとは、次の日に備えて自室で寝てる奴とか。
僕はといえば、2,3度町に出た以外は、もっぱら城の図書館に入り浸っていた。
「……ふう」
一つ息を吐いて、読み終わった本を閉じる。ぐるりと首をめぐらすが、図書館の中は閑散としていて、ほとんど人気がなかった。まあ、今日は週に一度の休みの日だからな。そんな日の朝っぱらに、黴臭い図書館にこもっている奴なんてほとんどいない。せいぜい僕の隣で寝息を立てている寺岡くらいだ。
しかしこいつもお人よしな奴だな。隣の寺岡にいたずらしたい衝動を抑えながら、そう思う。友達が少ない僕のことが心配なようで、最近妙に僕と行動を共にしたがるのだ。変な勘繰りをされたらたまったものじゃないので、少々困っている。
そんなことを考えていると、ゆっくりとした寝息を立てていた寺岡がゆっくりと瞼を開けた。
「ん……おお、読み終わったのか?」
「とりあえず、この本はね」
つい先ほど読み終わった本の表紙を軽くたたいてみせると、寺岡は呆れた顔を見せた。
「とりあえずってことは、まだ読むんだな」
「ああ、まだまだ読んでおきたい本がある」
「よくもまあ、飽きもせずに読めるもんだな。俺にゃ絶対無理だ」
「別にわざわざ付き合ってくれなくてもいいけど」
僕がそういうと、寺岡は「あー」と頭を掻いた。
「まあ、別にほかにやることもないし、いいさ。暇つぶしだ」
そう言う割には、ここにいる方が暇そうだけどな。そんな皮肉めいた言葉をのどの手前で飲み込む。こいつが善意というか、僕のことを気遣ってくれているのは分かっているからだ。
寺岡は一つあくびをして、こちらを向いた。
「で、何読んでるんだ?」
「これ」
端的に今読んでいた本の表紙を掲げてみせる。寺岡は軽く目をこすってから首をかしげた。
「『魔法学基礎』?……お前、剣士だろ?」
「いや、そうだけどさ」
僕は苦笑して、頭を掻いた。
最初に職業について説明された時から、気になっていることがあった。職業が才能を与えるものにすぎないのであれば、職業を持っていなくてもできることはあるのではないだろうか。
剣士の職業を持っていなくても、剣を持つくらいはだれでもできるだろうし、訓練次第では使いこなすことができる。それと同じことが魔法にも言えるのではないか、と考えているのだ。
とは言っても、一筋縄ではいかないとは思っている。
毎日の訓練では、僕ら剣士組は、いつもメルさんに指導してもらっているため、別の修練場で魔法の訓練をしているルークさんたちの訓練を目にすることがない。座学の時間に魔法について触れる時も、魔法を使う相手に対してどう立ち回るか、という部分に主眼を置いた授業が行われるのみで、魔法の詳しい発動方法なんかはわからない。
単純に、魔法が使えるにせよ使えないにせよ、知識が足りないのだ。そういうわけで、最近は図書館で魔法についての勉強をしていたのだ。
え、真面目だって?はは、まあ僕らしくもなく勤勉であることは否定しない。
……ここ数週間の間に、剣士組のみんなはめきめきと力をつけていってる。それこそ、地球の常識では考えられないくらいの速度で。その中にあって、僕の実力はあまり伸びていないのだ。
まあ、自分に才能がないなんて今更だから、こんなもんかなとは思う。思うが、メルさんの鬼気迫る訓練を日々受けていると、否が応でも危機感をあおられるのだ。ああ、この訓練は、命を守るための訓練なのだな、と。
だから、ちょっとだけ真面目に勉強なんかしてるわけだ。さすがにこんな異世界で、命を捨てる気はない。
「まあ、なんでもいいけど。で、使えそうか?」
「うーん、どうだろ」
寺岡の問いに、僕は首をひねった。
魔法を使う際、まずは体の中にある魔力をうまく操作しないといけないらしい。が、そんなわけのわからんもの操作しろと言われても、僕には全くやり方がわからない。正直、独学での限界を感じていた。
魔力自体は誰にでもある、と本には書いてあったので、操作さえできれば魔法は使えると思うんだけどな。……いや、「誰でも」というのはこの世界の人を対象にした言葉だろうから、異世界人である僕には実は魔力がない、という可能性もあるか。
「おーい、また自分の世界に入ってんぞ」
「……あ、悪い」
呆れたように苦笑している寺岡に、僕が軽く謝った時、図書館の扉が勢い良く開いた。静かな図書館に、数人の人影が入ってくるのが、視界の端に映る。てか、めちゃくちゃ見覚えのある人たちだった。心臓の鼓動がはねあがるのが、分かる。
「お、いたいた。やっぱりここだったかあ」
そう言って、快活な笑みとともに入ってきたのは、クラスメイトの平山聖奈だった。校則に引っかからない程度に茶色に染めた髪を軽く肩のあたりで切りそろえた彼女は、クラスの中でも割と目立つ女子だった。つまり僕の苦手なタイプだ。
その後ろについてきている霧崎さんの姿を見て、僕はすでに逃げ出したい気分だった。
「ん、何か用かい?平山さん」
僕の引いた雰囲気を感じ取ったのか、寺岡が率先して尋ねてくれる。平山さんは後ろに控える女子数人と、軽く顔を見合わせた。――ていうか、そうそうたる面子だな。クラスのマドンナたる霧崎さんを筆頭に、クラスの美人どころがそろっている。なんで、こんなところに僕が放り込まれているのか。誰か神代呼んで来い。
そんな下らないことを考えていたせいで、平山さんの言葉に反応が遅れた。
「田中君と寺岡君、ちょっと付き合ってくれない?」
……――は?
実は本編中に主人公の名前(というか名字)が出るのは初めてだったりします。みなさん、覚えていましたか?ちなみに僕は忘れてました。
どうもkimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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