天才と凡人
すみません、遅れました。
考えることが、たくさんある話でした
突然だが、この国は王国制を敷いており、当然のように貴族がいる。その貴族の中にも、当たり前に序列があり、その中のトップが公爵位なんだそうだ。王様の血族というか、親戚筋がその公爵らしい。江戸時代にもそんなんがあった気がする。
何が言いたいのかというと、今僕たちの前でにこやかに笑っている青年――ユール・エルミナーゼさんがその公爵であるということだった。
「勇者様方には、基本的にこれからこの城内で生活してもらいます」
薄い金糸の髪を首の後ろあたりで薄く結ったユールさんは、さわやかな笑みを浮かべたままそう言った。
ここで「軟禁か」などとは思わない。実際その意図があるのかもしれないが、城の外に出て生活しろと言われるよりマシだ。住むところを与えてくれるのならば、それに越したことはない。
僕らに何も反対意見がないのを確認して、ユールさんは一つうなずいた。
「勇者様方は、魔族を打ち倒す光です。とはいえ、いきなり戦場に出ることをお願いするつもりはありません。まずは、この城で戦闘技術――その他もろもろを学んでいただきます」
公爵、というと最上位の貴族なのに、目の前のユールさんからはそういう偉ぶった雰囲気をみじんも感じない。先ほどの王様と同じ血筋とは思えないくらいだ。まあ、それはセシリア様にも言えることだが。
「これから先、君たちのことはこの二人が見てくれます」
ユールさんがそういうと、彼の後ろに控えていた男女がすっと前に出る。
絵にかいたような美男美女だった。2人とも揃いの騎士服を身にまとっているが、男性の方はそれを緩く着崩し、対照的に女性の方はきっちりと着こなしている。
クラスメイト達が、男女そろってどよめきのような声を上げた。露骨に釣られている。神代が困ったように頭をかくのが、視界の端に映った。
「あー、神代大地といいます。よろしくお願いします」
すでにクラスメイト達は、自分たちの代表として神代を立てている。何か話し合ったわけではないが、だれもが適任であると認識しているし、椎名もいない今、これは決定事項だった。
その神代に続くように、クラスメイト達が頭を下げると、騎士服の男性はにっこりと笑った。
「はい、私はルーク・エンバリオと申します。この国の近衛魔法士団の団長です。勇者様方のお力になれるよう努めますので、これからよろしくお願いしますね」
口調そのものは丁寧ながら、堅さを感じさせない柔らかな物腰でそういうルークさんに、主に女子から黄色い声が漏れる。それに続くように、騎士服の女性が洗練された所作で頭を下げた。
「私は近衛剣士団の団長、メル・フローランです。よろしくお願いします」
メルってかわいい名前ですね――などと僕が口走ろうものならば、即座に叩き切られそうな、そんな雰囲気の女性だった。超こええ。
それにしても――。ふと、僕は考え込んだ。ルークさんにメルさん。彼らが僕らの担当になった理由はなんだろうか。もちろん、近衛なんたら団の団長というのは一つの理由だろうが、それだけだろうか。なぜこんなことが気になるのかというと、ルークさんが魔法、メルさんが剣、というところに作為的なものを感じるからだった。
気質的なものが影響しているのか、クラスメイト達の職業は、剣士をはじめとする近接職は男子が多く、魔法や治癒などの後衛職には女子が多い。それと対をなすように、剣士がメルさんで魔法がルークさん。しかも二人とも、見目麗しい男女ときた。これは作為的なものを感じずにはいられない。
うつむき加減に僕が考えていると、軽く肩をたたかれた。顔を上げるとこちらを覗き込む神代がいた。ちっ、イケメンめ、と反射的に思ってしまうあたり、僕の負け犬根性も大したもんだ。
「大丈夫かい?」
どうやらうつむいている僕を見て心配してくれているらしい。横で寺岡が軽く笑った。
「あー、大丈夫だって。こいつ、いつも考え込んだら周り見えなくなるから」
周り?あわてて見回すと、クラスメイト達はルークさんたち先導のもと、どこかに移動しようとしていた。僕一人が残されている形だ。これは恥ずかしい。
僕のあわてた様子を見て、神代は少し笑った。
「みたいだな。ルークさんたちがこれから城の中を案内してくれるらしい。迷ったらやばいぞ」
「あ、ああ。悪い」
僕と神代はクラスの中でも接点がなかったので、会話したことなんてほとんどない。だというのに、軽く冗談を交えて話してくる神代に、僕は戦慄した。このコミュ力よ。
神代との会話に戸惑っている僕を見かねてか、寺岡が僕の肩を軽くたたいて、神代に向かってにっと笑った。
「こいつのことは俺が見とくから、神代は先行っといてくれ」
「ああ、頼むよ」
神代は冗談めかすように軽く笑うと、クラスメイト達の先頭に戻っていく。僕はそれを軽く見送った後、小さく息を吐いた。
「お前なあ、仮にもクラスメイトなんだから、もうちっと愛想良くしろよ」
寺岡がそう言って、僕をの背中を押す。僕も逆らわず、前に歩を進めてクラスメイト達の後ろにつけた。
クラスメイト達は最初から僕には興味がない。神代が戻ると同時に、ぞろぞろと大広間から出ていく。集団の後ろ。僕のいつもの立ち位置だ。
「マジでしゃきっとしてくれよ。こっちもいつも尻拭いじゃ参るぜ」
「ああ、悪い」
ややしつこい寺岡の言葉だったが、こちらを心配してるのは確かなので、素直に謝る。寺岡は真面目な表情で声を落とした。
「頼むぜ、マジでほんとに。こんな場所に飛ばされてんだ。敵は作んなよ」
「……ああ、すまん」
寺岡の言葉に、こちらも小さくうなずく。確かに言うとおりだ。ちっぽけな僕には、椎名みたいな生き方はできない。
僕の考えを読み取ったわけではないだろうが、寺岡はもう一度「頼むぜ」と小さく言った後、いつものようににっと笑った。
「で、何考えてたんだ、さっき」
「ああ、いや、別に」
「またそれかよ……」
いつもの僕の返しに、呆れたように肩を落とす寺岡を横目に、僕は前方から聞こえてくるルークさんの声に耳を傾けるのであった。
-----------------------------------------------―
「疲れた」
そう一言つぶやいて、僕はベットに身を投げた。少し硬めの弾力が、僕の体を受け止める。
怒涛のような一日だった。朝、気の抜けた顔で電車に揺られて登校していた僕が、よもやこんな異世界の城の中で夜を迎えるとは思っていなかった。
あのあと、ルークさんたちの案内した先は多岐にわたった。城の中は想像以上に広く、僕らが主に使うことになるであろう場所の案内だけでも相当な距離を歩いたはずだ。
戦闘の訓練で使うことになるいくつかの修練場。食事をとる食堂。エトセトラ、エトセトラ……。そして中でも一番最後に案内された宿舎にある自室で、僕はくつろいでいた。
しかし、全員に個室とは。日本で生活していくよりこちらの世界の方が楽なのでは、と思ったのは内緒だ。広々とした部屋を見回して、軽く息をつく。
しかし、異世界物の小説をよく読んでいた自分が、本物の異世界に来ることになろうとは。ひとりでぼんやりとしていると、じわじわと実感がわいてくる。
召喚された瞬間にも思ったが、ああいうのは傍観者として見ているから楽しいのであって、実際に巻き込まれるものじゃないよな。事実、今日一日だけでテンプレみたいな出来事がさまざま起きたけど、心が沸き立つようなことは全くなかった。ただただ、疲れたっていう印象だ。
クラスのリーダーとしてふるまう神代。ひとりで城を抜けだした椎名。彼らは何か、この異世界に感じるものはあったのだろうか。現代に生きてた時には感じなかった、もしくは表に出せなかった感情なりなんなりがあったのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていた時だった。なんとなくぼんやりと眺めていた部屋の窓が音もなく開き、そこからするりと人影が入ってくる。僕はそれをただ間抜けな顔でぼうっと眺めていた。
ありていに言えば、思考が現実に追いついていなかった。
「……よう」
月明かりを背に入ってきたのは、椎名だった。
「は?え……いや」
完全に混乱する僕をよそに、椎名はぐるりと部屋を見回して鼻を鳴らした。
「なるほど、これがお前らに与えられた部屋か。完全に飼いならしにかかってんな」
気に入らねえ、と椎名はつぶやく。僕は一つ息を吸って心を落ち着けて、椎名を見据えた。
「いや、お前ここで何やってんだよ」
「あ?いや、少し疑問に思うことがあってな」
椎名はマイペースにそう言うと、ゆっくりと視線を僕にむけた。
「おまえ、こっから出ないのか?」
「は?」
わけもわからず首をかしげると、椎名は呆れたように息を吐いた。
「お前もわかってんだろ、この国にいれば元の世界に帰れるなんてウソだろ」
「いや、まあねえ……」
嘘、と言い切れるわけではないが、その可能性は高いだろう。セシリア様の反応から、なんとなく想像がついていた。
「それに気づいて、なんで従ってんだ」
「……なに、お前それを全員に聞くために部屋回ってんの?」
「そんなわけあるか」
椎名は不機嫌そうに鼻を鳴らした。なんでもいいけど、こいつ目つき悪すぎだろ。怖いんだけど。
「あほばっかだからな。あいつらは変える方法がないなんてみじんも思ってないだろ。言われたことにホイホイ従ってるだけだ」
下らねえ、と椎名は毒を吐く。僕は軽く頭を掻いた。
「いや、神代あたりは気づいてると思うけど」
「あいつは違う意味であほだからな。偽善者もあそこまで行くと清々しい」
椎名はそう言ったが、しかしその表情は柔らかかった。――と、その表情をすぐにいつもの不機嫌そうな表情に変えて、こちらを睨むように見た。
「つーか、お前だよ。お前はそんな偽善者じゃないだろ」
その言葉を聞いて、僕は思わず笑いそうになった。こいつ、案外いい奴だな。だが、的外れだ。
「僕はいいよ」
僕はそういって、笑った。うまく笑えただろうか。
「僕はこっちにいる。それでいいんだ」
「いやでも――」
「いいんだ」
少し語気を強める。正直、あんまり話したこともない椎名に抗弁するのは怖かったが、僕にだって――譲れないものぐらいあるんだ。
僕の視線をどう受け取ったか、椎名はじっとこっちを見据えて、やがてぽつりとつぶやいた。
「……邪魔したな」
そう言って、あとはもう振り返ることなく窓から出て行った。それを確認して、僕はまたベットに体を預けた。
椎名は僕に対して、何を思っただろう。一つ分かるのは、僕と椎名は根本的に、違うってことだ。
僕はいつでも――負け犬なのだ。
そういえば、椎名はどこから侵入したのだろうか。僕がそれを思ったのは、椎名が出て行ってからずいぶん経ってからだった。
やれるけどやらない。できない。この二つに大きく違いがあるのかないのか。難しいものです。
どうもkimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
感想・誤字の指摘・評価等していただけると、泣いて喜びます。よろしくお願いします。