王
難産でした。わりに文章量が少ない……
セシリア様の案内のもと、僕たちは謁見の間に向かっていた。セシリア様の父親、つまりこの国の王との対面が控えているらしい。
しかし、複雑な道だ。すでに何度曲がったのか覚えていない。椎名のやつ、本当にその辺で迷ってないだろうな。
周りをそっと見回すと、歩くクラスメイト達の顔は一様に暗かった。椎名の一件は、思った以上に僕らに影響を与えていた。
見知らぬ地で戦争をやらされる。そんな非現実的な現実に、状況的に仕方がないと自分への逃げ道を作っていた人は多かっただろう。言うまでもなく僕もそうだ。椎名の行動は、そんな逃げ道をつぶす行動だった。本当に戦争を厭うのなら、この場から去ればいいと、そう示すように。
性質が悪いのは、それが彼にしかほぼほぼできない行動であることだろう。誰もかれもが椎名のように自信をもって、目の前の現実に真っ向から向き合えるわけじゃない。そういう意味では、椎名は無自覚で自分勝手な奴だった。
まあ、あいつの場合、わかっていても行動は変えないだろうけどな。
こんな時、クラスのムードメーカーである神代が何か一声かければ、また空気も変わるのかもしれないが、当の神代は何かをじっと考え込むように黙っている。
セシリア様も落ち込んだ雰囲気を出しており、約40人の集団がお通夜状態の様は、なんだかものすごく空気が悪い。いたたまれないことこの上ない。
僕含め数人のクラスメイト達が、居心地悪そうに周囲を見回してはいたが、特に誰も何も言いださないままに歩いていく。いや、無理だって。この空気の中声を上げるとか。
結局、この空気は解消されないままに王の待つ謁見の間についてしまった。見上げるような高さの扉の前に、僕らはずらりと整列しつつ入場の時を待つ。周囲では、槍を持った物騒な人たちが、無表情にこちらを監視していた。怖い。
少し持ち直したセシリア様から、謁見の作法を教えてもらう。扉があいてもすぐには入場しない。踏み出すのは右足から。許可が出るまでは、王様の顔は見ないこと。エトセトラ、エトセトラ。
正直めんどくさいというのが本音だったが、だれも言い出しはしなかった。周りの人たちが普通に怖い。あのいつも津川を虐めている連中ですら、借りてきた猫のようになっていた。
「異界の勇者様方、入場」
扉の向こうから、少しくぐもった声が響く。同時に指示されたとおりに全員でひざまずいた。
ザッ、と整った音とともに全員がひざまずいたのは、正直言って「おお」と感動したが、よくよく周りをうかがうと、不安そうに周囲に横目を走らせるクラスメイト達が目に映って、思わず笑いそうになった。まあ、こんなもんだよな。
やがて、合図とともに僕らの先頭に立っていたセシリア様がまず立ち上がり、一泊遅れて僕らもそれに続く。好奇心を抑えて、顔をうつむかせたまま、無心で前の人の足を追う。
周囲からは、やや低いざわめきがさざめきのように聞こえてくる。ちらりと見えただけだったが、謁見の間の左右に、幾人かの人影があった。たぶん、貴族のお偉いさん方とかそういうやつだろう。
やがて謁見の間の中ほどで僕らは足を止めてひざまずく。ややあって、頭上から声が降ってきた。
「顔を上げよ」
体が、震えた。
顔を上げて、一段高いところからこちらを睥睨する男を目にする。
外見は特に変哲もない男だった。長いあごひげを蓄えているわけでもなく、頭に金ぴかの冠をかぶっているわけでもない。少し白が混じり始めた淡い金の髪を後ろに流し、ひじ置きに手を置いてリラックスした姿勢でこちらを見ている壮年の男性。
ただそれだけなのに、目の前の男から発される圧に完全に圧倒されていていた。
セシリア様も、初対面の時には僕らにはない気品を感じたが、これはそういうものではないな。
気品とかそういう、僕のボキャブラリーにあるような違いではない。生まれながら、人の上に立つことを当然とされてきたその眼にーー姿に、ありていに言うと僕は完全に呑まれていた。
「異界の勇者たちよ。私はお前たちが、わが国に尽くすことを期待する」
たったそれだけ。それだけ言うと、王は言うことは言ったといわんばかりに、背を椅子に預けた。
入れ替わるように、右側から若い男が一歩前に出た。
「それでは勇者様方。これからの予定をお話しいたしますので、こちらへ」
謁見はこれで終わりらしい。僕は一つ息を吐いた。
短すぎる謁見だったが、それが無駄であったとは思えなかった。少なくとも、王様たちの狙いはきっちりとはまった。
あの一瞬とも呼べる時間で、完全に上下関係が刷り込まれてしまったような、そんな気さえした。
ちらりと神代に視線を向けると、彼は難しい表情で黙り込んでいた。
神代は決して馬鹿でもなければ、鈍感でもない。馬鹿で鈍感な正義馬鹿が、クラスの中心に立てるわけがない。いくら顔がいいといっても。なんといっても、あの津川を虐めている連中でさえ、ある程度は抑えられているわけだし。
だから神代は今も、何かクラスのために考え込んでいるのだろう。凡人の僕には思いもつかないことを――あるいは、思いついても実行できないようなことを。
損な生き方だな。ちょっとだけ、同情する。
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勇者たちが去った、謁見の間。この国の第一王女でもあるセシリアからの報告に、私は口を開いた。
「――殺せ」
たった一言だけ。それで十分だ。方法は、貴族や官僚たちが考える。
国家の方針の決定。それが王たる私の仕事だった。
だからこそ、私は揺らいではいけない。たとえ愛娘が顔を伏せるのが視界の隅に見えようとも。
「やはり、危険ですか?」
確認するように訪ねてくる貴族の一人に、私は首を縦に振った。
「こちらから勝手に呼び寄せ、こちらから勝手に与えたものとはいえ、職業持ちを野放しにはできん」
職業持ちは、例外なく国家が囲い込む。それがこの国の方針だ。一つの分野において、比類なき才能を発揮する職業持ちは、国家にとって大きな力であり火種である。
とはいえ、これが善良な一市民が相手だったのならば、ここまで過激な手段をとることはないだろう。監視くらいはつけるだろうが、殺すまでは行かない。
だが、今回の相手は異界の勇者。我々の常識の通じぬ相手だ。放っておいた結果、どのような動きをするのか分からない。
特に相手が、こちらに対してかけらも敬意や好意を抱いていないならば、なおさら。
だから、椎名雪という青年は、殺さねばならない。
「陛下」
「なんだ、セシリア」
顔を伏せたままのセシリアが、ためらいがちに声を上げる。私は極めて冷徹な声で応じた。
「彼を、監視のみにとどめることはできませんか?」
「駄目だ」
セシリアがそう言うことは、わかっていた。その答えも決まっていた。
「彼は我々が管理するべき人材だ。それがこの国が彼を読んだ義務だ。それを拒んだ彼を好きにさせるわけにはいかぬ」
たとえば彼が、この国で――あるいは周辺の国で犯罪を犯さない根拠が、私たちにはない。そうして、そうなったときにその責任を負うのは、私であり、セシリアであるのだ。
この国に彼を呼びだした段階で、彼が個人的にもっている立場なんてない。
セシリアは優しい子だ。王族としては失格なくらいに。だから、彼のことに強く責任を感じてしまっているのだろう。
だが、セシリアは賢い子だ。理屈がわからぬはずがない。
「いらぬことを……申し上げました」
「よい」
本当は、この子に勇者召喚の責任など与えたくはなかった。だが、これほどの大事を王族以外に任せるべきではなく、私の個人的な感傷を除けば、この子が最も手が空いていた。
私は薄情なのかもしれない。だが、国家運営に過剰な情などを持ち込んでは、国が成り立たない。
「それでは、椎名雪は私たち情報部が処理いたします」
「うむ」
目の前で決まっていく対応策に、私はただ首肯のみを返した。貴族たちは、それぞれ私に一礼をして、謁見の間を去っていく。セシリアもそれに続いて、出て行った。おそらく勇者たちのもとへ。
しかし、勇者たちには悪いことをした。これ以上、脱退者を出さないためとはいえ、少々脅しすぎたかもしれん。
ほとんどのものが、まだ子供であった。年端もいかぬ子ども。例外も交じっていたようではあるがな。あの強烈な瞳をした青年は、まさしく勇者たちの精神的主柱だろう。あのものは丁重に扱わんとな。
自分の娘とそう変わらぬ子たちを戦争に送り込むとは、少々胸の痛くなる思いだが、仕方あるまい。
魔族に、この国を渡すわけにはいかんのだからな。
この小説に、目に見えるような無能は出てこないようにしています。少なくとも、地位あるキャラはその地位に見合った思考を備えているように書くつもりです。
どうもkimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
主人公は、王様の記憶にまったくと言っていいほど残らなかったようですね。凡人ですから。
感想・誤字の指摘・評価等していただけると、泣いて喜びます。よろしくお願いします。