黒獣の奏者
早々に装備を整え戦場へと向かう我々を至るところで火の手が上がるリアレート市街が出迎えた。
我々は噎せ返る硝煙と鳴り止ない銃声の喧騒をフロートバイクで駆け抜ける。
「何だってっ? どういうことだよ。そりゃ?」
「だから、アイシャさんに妹が居たって話よ」
後部座先に腰掛けライフルを抱えるユラナとの雑談の最中、中心となったのはアイシャ氏の過去についてだった。
やはりと言うべきか、アイシャとシオンとの間には血縁関係があるらしい。
『つまり、都市議員のアイシャ氏とレジスタンスのシオンは姉妹であるという事か?』
「そうよ。彼女達が幼い時、両親が事故で亡くなって、アイシャさんは叔父叔母夫婦に引き取られ、シオンっていう子は祖母に引き取られたらしいの」
「それは複雑な事情がおありで……」
『君達のところ程ではないと思うが?』
『それは、言えているわね』
彼らの両親の話はさておき、話によるとシオンは祖母が亡くなって以降、行方が分からなくなり、月日が経ればレジスタンスになっていという、再会を果たした姉妹であったが、その再会は悲惨なものだったという。
「再会して直ぐ、銃を突きつけらたそうよ。それでも懲りずに会いに行って、右耳を撃ち抜かれたって」
「……何やってんだっ! あの馬鹿っ!」
私はスラムに訪れて二日目の夜の日を回想する。どうもアキラはデュークに酒に付き合わされ、覚えていないようだが、シオンがアキラ達を兄姉と慕うようになった前日の日の出来事だ。
彼女の右目が義眼となった理由。酔っ払ったアキラが軽薄にも右目の色の違いを指摘し理由を聞いた。
〈この目は、お祖母ちゃんの薬代を稼ぐために、自分で潰した……〉
物乞い――
都市部では路上生活者が物乞いの際、通行人の同情心を買うために、自分の体の部位を意図的に傷つけることがよくある。
当時、幼いシオンにとって物乞いは日銭を稼ぐ唯一の手段であった。
そして右目を失ってまで手に入れた薬を持って帰った日、彼女は何かを見たらしい。何を見たかまでは教えてくれなかったが、ただ彼女は一言だけ。
〈あの日のことは絶対に忘れない〉
――と言っていた。
「紅っ!」
『なんだ?』
「ボケ―っとしてんじゃねぇっ! シオンがどこにいるか、分からねぇかっ!」
『すまない。少し考え事をしていた。今から検索する』
「考え事って……何だよ。調子悪いのか?」
『……セルフチェックは問題ない』
今は考えていても仕方がない。私はホログラムディスプレイを展開し、一点を赤く点滅させる。場所は商業区、百貨店が立ち並ぶ繁華街。
『監視カメラの映像から最後に確認がとれた場所だ』
「了解っ!」
ポイントに向かうため路地を曲がろうとハンドルを右に切った瞬間。
爆音――
船の中でも感じた大気と大地を揺らす震動。
前方から押し寄せる巻き上がる砂煙と熱気を含む爆風にハンドルを奪われそうになるが、アキラはアクセルを絞り急加速させて乗り切った。
「アキラっ!? アレっ!?」
アキラの頭越しにユラナが指を指す。
彼女は指した先には、立ち上る黒煙の中で赤い光が煌めく。
穿たれた都市の外壁から流れ込む冷気により黒煙が次第に晴れ、悍ましい巨体が露なる。
表皮は黒い鱗に覆われ、二股に割れた舌先が蠢く。
漆黒の大蛇――
大蛇などという言葉では収まりがつかない程の巨体。ビルの屋上から頭を覗かせているところから見て、優に40メートルを越えている。
「何だよ……ありゃ……獣化か?」
『ああ、恐らくシオン達だろう。しかし、あれは一人や二人といった大きさではないな……』
獣化を安定化するため少なくとも10名以上の人間が融合したとかんがえるべきだろう。その数だとシオンが連れた仲間たちの人数と概ね一致する。
「差し詰めアフリカの大蛇、グローツラングと言ったところかしら?」
悠長にアフリカの伝説の生物の名を口にするユラナ。
実際のグローツラングの正体はニシキヘビで、無論40メートルなどという巨体ではない。
不意に漆黒の大蛇の姿が消えた途端、地響きと轟然たる大音響と共に分煙を撒き散らし次々と倒壊していく。
市街カメラの映像から、大蛇が蛇行しビルを瓦礫の山へと変えていく様子が映っていた。
「それじゃあ、私はアレの相手をしようかしら」
「おいっ! ちょっと待てっ! 勝手なこと言ってんじゃねぇっ!」
「適材適所よ……アレを殺さずに生け捕るなら私のオブジェクトが最適」
ユラナの身体が風を乗るかのようにふわりと浮かびバイクから放れ、次々と街頭を踏み台にし、空を舞いながら姿を消した。
少し浮き立つ姿は、まるで水を得た魚だな。
『ユラナなら問題ない。大蛇に後れをとることなどないさ』
「ああ、分かってるよ」
アクセルを吹かし、アキラは突き進む。
約1km先前方に十名のTHAADに取り囲まれているシオンの姿が見える。
「紅っ!」
『了解』
THAAD達を無力化するには、不意を突ける今が好機。アキラは腰のホルスターから愛銃剣、天羽々斬を取り出す。
〈並列処理実行〉
〈階層性ディスバランサ……起動〉〈演算補助開始〉〈電圧……最大〉
〈凝縮重力子解放〉〈予測演算開始〉〈凝縮膠着子解放〉〈天羽々斬……最大硬化〉
〈醜女脚絆〉〈阿頼耶識〉〈緋々色鎧……実行〉
我々は凝縮された膠着子とクォーク崩壊による緋色の燃え殻を纏い、解放された重力子が起こす空間の荒波に乗り、加速した時間の中でTHAADとシオンの間に滑り混む。
THAAD達はアルバートの部隊だ。阿頼耶識で投影されるのは膠着子、我々と同様バリオンよる障壁で纏っているが、やはりオブジェクトの性質上ムラがある。
阿頼耶識により濃度の薄い部分は青く、濃い部分は赤く表示される。
アキラの柄を握り締める手に力が籠る。
なるほど全て叩き割るつもりだな。
ならば――
天羽々斬の刃に膠着子を纏わせる。
赤い燃え殻に包まれる刀身。
オブジェクト名は――そうだな、断ち切るという意味を込めて〈布都御魂〉とでもしておこうか。
アキラはバイクから飛び降り、重力波で加速した時間の中を突き進む。
実際時間にして約2秒、THAAD達の全ての障壁を叩き割り、装備していたアサルトライフルを切り裂く。
《醜娘脚絆……終了》
無色透明のバリオンの破片が宙を舞い。その後を追うように遅れた硝子が割れる音が響き渡る。
漂うバリオンの破片が光を反射し、地に落ちた破片は光の粒子となり散る綺羅びやかな光景の中、シオンを背にしてアキラは佇む。
「……兄貴」
シオンに目立った外傷は無いようだ。問題は横たわっている黒ずんだTHAADの三体。腕や脚やら重度の火傷を負っている。しかし命の別状は無いようだ。恐らく先程からの数回の爆発音によるものだろう。
アキラはその無惨な光景に舌打ちを打つ。
突然破壊された銃にTHAAD達の間で動揺が走る。アキラは一人自分を睨み付ける人物へと目を向ける。
「アキラ……? 何故、何でまた君が現れるんだ」
激情し血走った目を向けてくるアルバート。だが様子がおかしい、何故か彼は右目を必死に押さえている。
「君はいつもいつも僕の邪魔をするっ!」
幾度も下らない事をするアルバートの暴言に溜息を付くアキラ。最近溜息ついてばかりだが――。
全く君のストレスには同情するよ。
「それで、アルバート……その右目どうした?」
「その女にやられたんだっ!」
彼の顔の右半分が焼け爛れていた。爆発に巻き込まれたのだろう。しかしそれ以上に気になるのは――
「バージルはどうした?」
「……いない……父上に呼ばれて」
ふむ、それはそれで気になるところだが――
「なら、好都合だっ!」
そうだな。バージルとの戦闘を避けられたのは嬉しい誤算だ。
アキラは醜娘脚絆で一足でアルバートとの距離を摘め、鳩尾に拳を当てた。
加速度の付いた衝撃がアルバートの身体をくの字に折る。神経の密集箇所の一つである鳩尾を貫いた衝撃はアルバートの意識を容易く刈取る。
気を失い崩れるアルバートを担ぎ上げ、近くにいた彼の部下へ乱暴に投げ飛ばす。
「さっさとソイツを連れて撤退しな。どうせもう戦えねぇだろ?」
『戦力差からして、撤退を推奨する』
ハンドシグナルが飛び交い、THAAD達は各々踵を返し始める。彼等の堅実的な判断を私は高く評価する。
あっさりと引き下がり正直拍子抜けだが。
アルバートであれば突撃などという無謀な命令を下しただろうが、現状彼は昏倒している。気兼ねする必要は無い。
「待てっ!」
「待つのはテメェだっ! 行かせるかよっ!」
THAADを追いかけよう動き出したシオンの前にアキラは立ちはだかって見せる。
「何で邪魔すんだっ! 兄貴はアタシの味方しに来てくれたんじゃねーのかっ!?」
「おめでたい奴だな。言ったろ? 全部任せろって、だから全部受け止めてやるよ。お前の怒りも悲しみも悔しさも全部な」
アキラはシオンの眼前に天羽々斬を突きつける。
突きつけられた白光りする刃にシオンの顔が強ばり始める。
「……退いてくれ、兄貴。出来れば殺したくねぇ」
「いちいち小物みたいな台詞ほざいてんじゃねぇ。退かしたきゃぁ、四の五の言わずに掛かってこいっ!」
「……そうかい、じゃあっ! アンタを踏み越えて、アタシは行くよっ!」
シオンの両脇から黒い獣が現れる。形状は食肉目イヌ科、ジャッカルと言ったところか。
反射スペクトルに反応無し、熱放射しているところから見て、黒体であることは間違いない。
襲いかかる二匹のジャッカルを身を反らし、巧みに交わしながら、アキラは距離を取る。
阿頼耶識で解析をしているが、今一つ黒い物体の正体が掴めない。生物ではない事は確実で、私達が使っているオブジェクト〈緋々色鎧〉と同じバリオンの固まりである事は分かった。
「大層な事を言っておいて、避けるだけかっ!?」
避け続けるアキラに不適な笑みを浮かべるシオン、こうしてみるとアキラの言う通りの小物っぷりだ。
しかし避け続けても埒が明かない。
「紅、緋々色鎧の透過率を30から60へ」
『了解』
今まで逃げていたアキラは反転、黒いジャッカルへ向かう。
襲いかかるジャッカルに向け、天羽々斬を薙ぎ払うように斬りかかる。
「!」
それは刃が食い込んだ瞬間だった。
ジャッカルの身体が突然振動し始め――
爆発――
もう一匹のジャッカルも誘爆。
我々の眼前が光に包まれ、衝撃波と熱、破裂音が襲った。
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