しとしと滴る御空(みそら)の下で
凛奈、長沼さんとピザ屋に行ってから半月ほど経過した6月上旬の土曜日、しとしと雨が滴る梅雨。
太陽が隠れ薄暗い街には、人や車が往来していても静けさが漂っている。民家の生け垣に目を遣ると、水の滴る雨蛙が心地良さそうに全身を潤し、ところどころに色とりどりの紫陽花が咲いている。
まだ洋風色が強くなかった、幼いころから知っている、和の風流あふれる茅ヶ崎だ。街並みは同じなのに、天気によって見えかたが変わる街。とりわけ洋から和に変わって見えるのは、晴れの日と雨の日で目の行くものが変わるからだろう。
「二人行動は久しぶりだね」
茂る松の木が僅かながらに雨傘の役割を果たす高砂通り。路側帯の内側を歩く美空と、外側で黒い傘を差す僕。相合い傘。
歩道がなく道幅の狭い高砂通り。二人並んで傘を差すと他の歩行者や自動車の通行妨害になるため、恋人同士でなくても、男同士でも相合い傘をするか縦列で歩いたほうが安全で他者に迷惑をかけにくい。
「うん。美空、声が通るようになったね」
二人行動なのに綺麗で透き通った表向きの声を発している。
「通らない声というのは日々黒光りした学校の奴隷としてこき使われときに走り込みだとかいって鎌倉から茅ヶ崎まで15キロも走らされたり足が遅いのに陸上部の大会に出場させられ百メートルを17秒という恥さらしのタイムを叩き出しそんな中でも塾に通わされ体力の限界を超えると帰りの電車は千葉や栃木まで乗り過ごし身寄りのない遠方の地で途方もない帰路に絶望した中学時代に発していたこのような声のことをいうのかな清川真幸」
「そう、だね。このフラットな省エネ声。よく噛まずに言い切ったね。声優になれそう」
「ふふ、声優さんはね、長沼さんくらい肝が据わっていないと生き残れない世界だと思うよ」
美空の声は再び綺麗になった。
「うーん、芸能だからね。人間関係とか、色々と渦巻いていそう」
「あ、でも湘南海岸学院も厳しいって、友恵ちゃんから聞いたよ」
「そうかもね。1年の学級は20組まであるのに、3年は15組までしかない。僕のクラス(1組)では入学から2ヶ月で二人が退学処分になって、過半数が減点処分になった」
「どんな理由で?」
「退学はイジメの発覚とケータイを操作しながら自転車を運転してたヤツ。減点は傘を横に持って歩いた、階段を上るとき足の後ろ半分が段からはみ出して転落事故のリスクを高め、後ろの人の不安を煽った、ケータイを操作しながら歩いた、バスに乗っているとき着用していたイヤホンから音が漏れていた、同じくバスに乗っているとき、運賃の支払いにまごついて人の流れを滞らせバスを遅延させた、パッと思い出せるだけでもそれくらいある」
「私、駅で階段上がるとき、前の人の靴が段からはみ出してると怖い。それで、処分を受けるとどうなるの?」
「翌日からクラスの格下げ。進学や就職は名門校や大企業でも評判の悪いところしか斡旋してもらえなくなる。あと個人面談で人格が壊れるくらいまで激しくネチネチとにかく執拗に責められて、当該生徒は大泣きしたりげっそりして戻ってくる」
犯罪に限らず生徒、職員の社会的に好ましくない行為が発覚した場合は処罰の対象になる。本来ならば厳重注意や更生の道筋を立てて将来を戒める手法が教育上ベストだと僕は思うけれど、私立学校は営利団体。学校により不祥事への対応は様々だけれど、湘南海岸学院の場合は基本的に当該の生徒、職員を徹底的に攻撃し、居場所を無くして自ら去らせる方針を採っている。
「だから3年次には5クラスも減るんだね」
「うん、勉強ができる人ほど自主退学する傾向にある。5クラスだから約250人退学してるね」
逆に最初から10組以降の低層学級に振り分けられた生徒は自主退学しにくい傾向にある。
自転車置き場の上を這う藤棚が雨粒に映える図書館に着いた。きょうはここで大人しく創作をする。本を読んだり美空の絵を見せてもらいながら、アイデアが浮かぶといいなと思う。
お読みいただき誠にありがとうございます。
最近ネットにはあまり浮上していませんが、生きています。あまり浮上しないと忘れられて……となるのはわかっていながらも、はて何を呟いたら良いのやら。
ネットでの交流が薄れた一方で、リアルのほうでは交流の輪が広がりつつあるこの頃。絵こそ載せていないものの他作品には21歳、26歳の美空が出張出演し、キャラクターともども活躍の場が広がりつつあるのは大変喜ばしいことです。この後もイベントの打ち合わせでお出かけです。
表舞台に出てくるかはイラストレーターさんや地元団体の出方によるところもありますが、既存のキャラクター、まだイラストとしては描き起こされていないキャラクターの水面下での拡散を現在行っております。ネットの海に漂うシラスのような小説が、面と向かって反応をいただけているという少々変わった成り行きを経て広がってゆくのはとても楽しく有難いことです。




