あなたの作品を欲してくれる人がいる
「美空ちゃん! 会うのは久しぶりだね」
「はい、きょうはお仕事上がりですか?」
「うん! それでさっき、真幸くんとその同級生とシェーキーズ(ピザ屋)行ってた」
美空と長沼さんの応酬がしばらく続いた。どうも二人はよくメールのやり取りをしているらしい。
会話が途切れたところで、僕が口を開いた。
「あの、長沼さん」
「ん?」
喧噪の中、輪から外れていた僕に長沼さんが振り向いた。
「さっきシェーキーズで凛奈との話が中途半端になったのが気になって」
「あぁ、あれね。なんだか、凛奈ちゃんはまだ、夢の世界にいたほうがいいのかなって思って」
「夢の世界?」
「うん、美空ちゃんはもう、大丈夫だよね、リアルな話も」
「はい」
ちょっと座ろうかと長沼さんに促され、僕らはバス乗り場のベンチに腰を下ろした。このベンチ、普段から座っている人があまりいない。僕ら三人が座ってもまだ半分空いている。
立っていた憩いのスペースは喫煙所になっていて、煙草嫌いの三人にとっては居心地が悪い。
「凛奈ちゃんの中にはまだ、創作の世界に憧れしかないのかなって。そう思ったら、そうじゃないことを話すのが酷に思えた」
「酷な話っていうのは、徹夜作業とか?」
「それくらいは凛奈ちゃんも想定済みでしょ。それに徹夜は必須じゃない。日付が変わる前に作業を終わらせてもいい。そうじゃなくて、彼女に足りないのは、人生経験の振れ幅なんだよ」
「というと?」
僕が訊ねた。目の前に中海岸循環のバスが着車し、前扉からぞろぞろと人が乗ってゆく。
「凛奈ちゃんにはまだ、物事と正面から向き合う姿勢が身に付いてないなと私は感じた。私の見解が正解だとしたら、もしあの子が美空ちゃんみたいに自分で描いた絵本を親や大切な人に捨てられたり、アンチが現れて叩かれたとき、創作関係の仲間ができて、温もり溢れる作品を生み出す人の中に相当数の冷たい人がいると知ったとき、ほかにも色々、しんどい目に遭ったとき、彼女はそれでも創作を続けられるのかな? って」
「それは、対峙したときに考えてもいいことかもしてませんね。あれはとてもショックでした。一生のトラウマです」
「ごめん美空ちゃん。そうなんだよ、それでいい。イヤなことは対峙したときに乗り越えかたを考えればいい。ハッピーが続けばいつかは転落するときが来るし、逆に暗黒から這い上がって脚光を浴びる人もいる。振れ幅が大きい人もいれば、小さいまま生涯を終える人もいる」
「無理解な人は多いですからね」
美空が遠い目で言った。
「端的に言うと、僕らはどうすればいいんですか?」
「そんなの自分で考えろ! って言いたいところだけど、そうだね、イヤなことがあったら、すごくいいことに向かって歩む。そのために、自分も作品を売り込む。一所懸命作品をつくっても振り向いてくれない人がほとんどっていうのは、萌えアニメをやって身に染みたけど、でも、萌えアニメを欲してくれる人もいる。私とか、声優とか広報とか、前に出て売り込んだ人がいるから、私たち作り手の経験、知恵、技術、想いの結晶を受け取ってくれた人が現れた」
「経験を積んで、満を持して引っ提げた作品を売り込めってことですね」
「うん、誰かに頼んで売り込んでもらってもいい。真幸くんや美空ちゃんの物語も、凛奈ちゃんの絵も、欲してくれる人が必ずいる。その人を探すのが実は大変だったりするけど、そこは戦略と根性だね。案ずるより産むが易し、まずは課題に向き合って立ち向かったり、逃げたりして、己の大きさを知って、作品を生み出す。そこからだね」




