けいけんちがたりない!
「それでね、お話の続きの前に、凛奈ちゃんの絵を見たい! さっきから気になっちゃって」
「わ、わかりましたっ! 人気声優さんに絵を見てもらえるなんて……!」
緊張した面持ちと、鈍ったロボットのような動作で凛奈は鞄から自由帳を取り出し、開かず長沼さんに差し出した。
自由帳をめくる長沼さん、肩を強張らせ高頻度に瞬きする凛奈、二人を観察しながらピザを食べる僕。パスタも食べたいな。
「うん、ちゃんとカタチになってる絵だね」
「あ、ありがとうございます!」
「カタチになっていない絵っていうのは、僕が描く絵みたいな感じですか?」
僕の画力は現段階でほぼゼロ。絵になっていないともいえる。
「真幸くんのは論外だけど……」
あっさり言われてショックだ。
「まぁ、その、ほら、あるじゃん?」
「うん……」
長沼さんは明言を避けたが、言いたいことはわかった。友恵もよく言っていることだ。
線が揺らいでいる絵とか、逆に硬すぎてフィギュアみたいになっている絵とかね。その段階はクリアしているということか。凛奈の絵は。
「じゃあ次ね。心を豊かにしよう!」
「心を、豊かに?」
長沼さんの抽象的な提言に、凛奈は首を傾げた。でも、自分のキャラクターに物語を付けて欲しいと言ってきた凛奈なら理解できるはずだ。
「凛奈ちゃんはこれまで、光と闇をどれくらい見てきた?」
「光と闇、ですか?」
りんなはこんらんした。たぶん。
「うん。人の温もりや冷たさ、世間の風をどう見てるか」
わだいのレベルがあがった!
「え? いや、まぁ、普通じゃないですか? 平和な毎日?」
りんなはけいけんちがたりない! ちゃんとこたえられない!
「平和ってなぁにお姉ちゃん? 何を基準に言ってるの? みずきわかんな~い」
「そ、その声は! 『みずいも』のみずきちゃん! 生で聞けるなんて!」
「うん! みずきね、お姉ちゃんが、すごーいイラストレーターになれるように、応援してるね!」
「わああ、長沼真央さんだけじゃなくてみずきちゃんにも応援してもらえるなんて!」
食事を終えた後、茅ヶ崎駅の改札口で凛奈を見送り、僕は長沼さんは二人きりになった。
駅のコンコースを下って南口に出ると、ちょうど熱海行きの電車が走り始めた。
「いやぁ、ちょっと、話せなかったな。未成年にはちょっと早い話をしそうになったよ」
「僕も未成年ですけど」
「うん、そうだね」
「こんばんはー」
僕らに続いてコンコースを降りてきた人に声をかけられた。緑の学生服に身を包んだ、とても可愛らしい見た目の変な子だった。




