ブラック企業の上司を集団リンチした女
「いつか私、自分の描いたキャラクターを長沼さんに演じてもらいたいです!」
「うん! 応援しながら楽しみに待ってるよ! 頑張ろう!」
「ほ、ほんとですか!?」
「イエスオフコース!」
「ががが頑張ります! でも……」
「でも?」
「このイラストレーターインフレ時代にプロとして絵を描き続けられるか。萌えは流行ってますけど世間の目は冷たいし……」
「うん、萌えに偏見ある人はいるよね。私も近所のオジサンたちに、真央ちゃんはあんなわけのわからない漫画に声当ててるの? って、一応アニメを見てくれたうえで言われる」
「うわぁ、それはつらい……。私が言われたら潰れちゃうかも。豆腐メンタルなので」
窓際のテーブル。僕の隣、通路側に長沼さんが座っていて、凛奈と対面している。二人の会話に入る気のない僕は、外を行き交う人や自動車(多くが路線バス)を見送りながらもさもさとピザを咀嚼している。やっぱりサラミ美味しい。
両親の合計年収より遥かに稼いでいる人のお金で食べるピザは、普段より幾分も美味しく感じる。
「うーん、まぁ、ね。でも生きてれば、好きなことをしてようが違うことしてようが、叩かれまくるときはあるし、私なんか怒られて頭きて何人に蹴り入れてきたわかんないけど、もう、それはなんとか耐えるか無視するしかないよね」
「け、蹴りですか!?」
「うん、声優になる前はOLやってたんだけど、そのとき勤めてた会社が深夜まで残業させられる割に給料があまりにも安くて、上司が『おめぇらに人権なんかねぇんだよ!! ろくに勉強もしないでちゃらんぽらん生きてきた成れの果てだろうが!! 死ぬまで働け奴隷のように!! 働けてるだけ有難いと思えこの落ちこぼれどもが!!』って言うのが口癖でね」
声優の性か、上司の文言に力を込めていた。周囲の空気が冷え固まった。
「そ、それで、どうしたんですかっ!?」
「それでね、泣きだす子もいたけど、私とほか何人かは、その、お茶目な生き方をしてきたから、集団リンチしてそのまま退職した。私、正義感が強くていじめっ子とかマナーの悪いヤツらを懲らしめるのが趣味だったんだけど、血を吐かせたのはアレが最初で最後だったなぁ」
昔を懐かしみうっとり語る長沼さん。僕も人を殴ったことがないといえば嘘だけれど、なかなか違う世界を生きてきたんだなとしみじみ思った。
「だからね、誰かに攻撃されたからって暴力に及ぶ必要はないけど、誰かに何か否定的なことを言われても、自分をしっかり持ってる必要はある。ま、実際攻撃されたら落ち込んだりもするけどね」
「自分をしっかり、ですか」
「そう、自分をしっかり。それができるようになるまでには個人差があるけど、前に進む意志があればいつかはできるようになる。ほかにもやることは色々あるけど……」
言いかけた長沼さんは、不意に僕を見た。
「真幸くんは本当に遠慮がないね」
「あ、はい、スターにご馳走してもらえるのが嬉しくて、ついつい手が伸びます」
「そうかそうか、どんどんお食べ。凛奈ちゃんも遠慮しないでね」
「はっ、はい! それでその……お話の続き、聞かせてください!」
「うん、いいよ。意欲的だね。気に入った」
「わっ、わぁ……! 長沼真央さんからそんなお言葉をいただけるなんて……! ありがとうございます!」
凛奈、目を潤ませて本当に嬉しそうだ。
暴力はともかく、長沼さんの話は説得力があるので僕も聞きたい。
お読みいただき誠にありがとうございます。
来週は〆切の近い原稿を執筆するため休載させていただきます。連載再開は再来週を予定しております。
誠に恐れ入りますが、次回まで今しばらくお待ちいただけますようお願い申し上げます。




