にゃうにゃうにゃうー!
鬱蒼とした林道の奥から、彼女は突然に現れた。バスのときといい、本当に不意打ちだ。緑の隙間から差す光がそのほがらかな美しさを更に引き立てる。きょうは白いジーパンとインディゴブルーのチュニックを組み合わせた服装だ。青系の色が好みなのだろうか。
「こ、こんにちはっ!」
挨拶を返すと「もしかして、清川さんも自由研究ですか?」と問われたので「はいそうです」と坂から転げ落ちるような早口で肯定。
「私も自由研究で茅ヶ崎の動植物を調べているのですが、なかなかパッとするものがなくて」
動植物!? 植物まで研究しているなんて!! 生物にしか目を向けなかった僕より遥かに優れている!! きっと相当苦労して調べているのだろう。僕が力になれることはあるだろうか。
どぎまぎしながら他愛ない話や自己紹介をしつつ、ふたり並んで来た道を戻る。
星川さんは鎌倉市内にある名門女子校の生徒で、僕と同じ中学3年生。放課後の補講の後、普段利用しているJRが運転を見合わせても遅刻しないよう、江ノ電でも行ける藤沢駅付近の塾に通っているらしい。初めて会ったあのときも塾へ行く途中だったそうで、自宅から行きやすいのも藤沢を選んだ理由の一つだとか。
日照時間の短い谷戸の空は街より一足早く紅に染まり、マルタンヤンマ、ヤブヤンマなど、朝夕の薄暗い時間に活動する黄昏飛翔種のトンボたちがヒグラシの声をBGMに空高くを飛び交っていた。気温が低く餌となる小虫が活発になる時間のみ活動する、合理的な生き方だ。
砂利道が終わり、そこから舗装された遊歩道の勾配を上がる。
「ニャーン」
足元から何か聞こえたので下を向くと、ほっそりした茶色のネコが僕らを見上げていた。
「あ、にゃんちゃんだ! ふふっ、かわいいにゃあ!」と星川さんがしゃがもうとすると、ネコはちょこちょこと1メートルほど距離を置き、振り返ってまた僕らを呼ぶ。
確かにかわいい。ネコも星川さんも。
「私たちを誘ってるみたい」
ついて行くとその数メートル先に東屋(よく公園や道の端で見かける屋根とベンチがある休憩所)があった。砂利道を歩いているとき、互いに調べたものを見せ合おうと星川さんに提案されていたのでちょうど良かった。
「にゃうにゃうにゃうー」
僕らを誘ったネコとは異なる方角から鳴き声が聞こえる。
「あ、もう一頭いる! きょうだいさんだ!」
東屋には同じ模様のネコがもう一頭いて、二頭は僕らに餌をねだるでもなく、仲良く互いのからだを擦り合わせている。にゃんとも微笑ましい光景だ。
ベンチに腰を下ろすと、僕らは自然な流れでバッグからペットボトルの緑茶を取り出し、数口飲んだ。
ネコがじゃれ合う木々に囲まれた東屋には穏やかなときが流れ、彼女にときめきつつも、ほんの少し気分が落ち着いた。
「あの、ではこちらをご覧いただければと」
「あ、はい」と僕も自分の製作物を星川さんと交換した。出来栄えに自信がないのか、手渡しながら斜め下へ目を逸らす星川さんからは気恥ずかしさが伝わってくる。
ルーズリーフを黒い紐で括ったそれの最初のページを開くと、シラスやクラゲ、イルカといった海洋生物のイラストが描かれていた。そのやさしい色使いは星川さんの人柄を物語っている気がする。それもそうと、形が整った上手なイラストだ。
「イルカ、イルんですか?」
しまった! 駄洒落好きの癖でうっかり『イル』を強調してしまった!
「はい、イル、んです! 他の皆さんがプライベートで海水浴をしている中、私だけ学校指定の水着で潜ったのですが、手の届く距離に一匹のシラスがいて、その子を目で追っていたときに沖でイルカさんが跳ねたんです!」
本当にやさしい人だ。名門女子校のお嬢様なのに、しがない僕の駄洒落に付き合ってくれるなんて!
さぁ、次はどんなものが描かれているのかなとワクワクしつつ、僕はページをめくったのだが___。
な、なんだこれは!?
お読みいただき誠にありがとうございます!
拙作では忙しい時間でも読みやすいよう1話あたりの文字数を平均1300字程度としております。
ネコちゃんのくだりは少々実話に基づいており、作中の遊歩道を(ひとり寂しく)歩いていたら突如目の前にネコちゃんが現れ、私を誘導してきたので周囲を見回し人がいないと確認して「なんだにゃーどうしたにゃー」とついてゆくと、その後は作中と同じくもう一頭のネコちゃんが。人懐っこくて可愛かったです♪
なお現在、茅ヶ崎沖にイルカはいないと思われます。