萌え絵描きと声優が知り合った
学校の手前、一直線に伸びる国道134号線の向こうに富士山を臨むビュースポットにある『ヘッドランド入口』バス停で茅ヶ崎駅南口行きの到着を待ち、凜奈を見送った。
すっかり日が暮れて、南の空にオリオン座が見える。
ここから僕の家までは徒歩15分。2区間バスに乗れば5分。乗れば良かったかなと少しばかり後悔しつつ、節約できたと前向きに歩き出した。
帰宅後、食事と入浴を済ませて机に向かう。
勉強ではなく、絵コンテを作るためだ。
かれこれ20分ほど頬杖を突いたり額を手に載せたりしているけれど、これといって何も浮かばない。ノートは白紙のまま、鉛筆は尖っている。
うーん、だめだこりゃ。
こんな調子で一週間が過ぎ、部活が終わると凛奈と帰る日々が定着しつつあった。
16時半。お腹が空いてきたころ、僕らは学校から徒歩で茅ヶ崎駅に到着。20分も歩くなんて、まるで遠足みたいだ。
駅前は通勤、通学の人々で徐々に混み合う時間帯。駅舎の階段からはぞろぞろと人が降りてきている。
「おや? おやおやおや?」
その中の一人、サングラスをかけたスレンダーなお姉さんがこちらを見てわざとらしく声を発している。
「真幸くーん、友恵ちゃんと美空ちゃんでは飽き足らず三股かな?」
「安心してください、僕はまだ童貞です」
立ち話になりそうなので、言いながら通行の邪魔にならないよう交番横の生垣とベンチのスペースに入った。
「あ、あの、も、もしかして、長沼真央さんですかっ!? 声優の!」
人見知りするタイプではない凛奈の声が興奮で上擦って、人見知りする僕の緊張時と同じような口調になっている。
「いかにも。私が声優の長沼真央でござる!」
敬礼しながら名乗る長沼さん。
なんだろう、本人なのにすごく偽物臭い。
「え、え、えええ!! どどどどうして!? どうして長沼真央さんがこんなところに!?」
「ふふふふふー、有名売れっ子声優の長沼真央は十年近く茅ヶ崎に住んでいるのだよ」
「わっ、わっ、わあああ!! どうしてそんな人と真幸が知り合いなの!? おかしくない!?」
「おかしくない? って言われても……」
「ハッハッハー、真幸くんとは友だちを介して知り合ったのだよ。どうだね真幸くん、これがスターを目にしたときの常識的な反応だよ。なのにキミときたら、初対面のとき緊張はしてたみたいだけど、あの感じはただの人見知りだったよね」
「そうかもしれないですね」
自分からスターだとか大声で言うものだから一部の通行人に注目を浴び、僕に向けられているものではないと理解していながらも視線が痛い。
「そっか、真幸くん、私、お腹が空いてるんだ」
「はい……?」
「はい、じゃなくてさ」
ほれほれっ、と長沼さんは僕に右手を差し出した。
「億万長者が不労者にたかるのは倫理に反すると思います」
「な、なら私がご馳走します!」
「いやいや女子高生に奢ってもらうなんてとんでもない! ところでプリティーガール、ホワッツユアネーム?」
「あっ、はいっ! 咲見凛奈です!」
「凛奈ちゃん、よろしくね!」
「ここここちらこそ、よよよよろしくお願いします!」
そんな応酬の後、僕らは駅北口すぐのピザ屋に来た。かしこまった店ではなく、ビュッフェ形式でピザやパスタを自由に食べられる、子どもから大人まで人気の店だ。




