ハリボテのキャラクター
上矢部さんに見せてもらったのは、アニメ制作用のソフトがインストールされたPCとスキャナー。
このアニメ制作部では描き起こしたモノクロの絵をスキャナーでPCに取り込み、ソフトを使ってワンクリックで彩色してゆくという。
率直な感想としては、とても無機質で地味な作業環境だった。キャラクターをマウスで最適と思われる位置へ移動し、最も映える色を付けてゆく。とても事務的な作業フロー。
思い返してみれば、僕がシナリオを考えるときも、友恵や美空が絵を描くときも、実に静か。三郎は筆を躍るように動かすので情熱が伝わってくる。
だが、彼女たちが発するオーラはとてもイキイキしている。黙々と筆を走らせているに変わりはないけれど、アニメ制作部の二人はそれが死んでいた。
作品が質素になっているのも、そのせいだろうか。
「なんかさ、色々思ってたのと違ったと思わない?」
西陽を浴びる凛奈が言った。
部活の見学を終えた僕と凛奈は280ミリリットルのペットボトル入りカフェラテを飲みながら、いつも美空がスケッチしているベンチに座って紅に染まりつつある霞んだ海岸を眺めていた。困ったときの『とりあえず海』だ。
僕ら茅ヶ崎市民は行き詰まると海を訪れる習性のある者が多いけれど、熱海市民の凛奈も、沼津から通っている彼女のクラスメイトも同じらしい。熱海の海岸はヤシの木やホテルが並び、まるでハワイのよう。沼津は波が穏やかで、ちゃぷん、ちゃぷん、さらさらと打ち寄せる透明が心を落ち着かせてくれる。
「うん、作品が死んでたね」
「それもあるけど、私、萌え系の絵が好きで、そういうのを中心に描いてるの」
言って、凛奈は通学鞄からおもむろに自由帳を取り出し、適当なページをめくって僕に見せた。
「上手だね」
そこに描かれていたのは純真無垢そうな魔法少女、ブレザーを着た元気で柔和な雰囲気の女の子(ステージ上で僕を呼び大恥をかかせてくれた仙石原先輩に近い雰囲気)、その隣に同じ格好をしたツンデレツインテール。
「ありがと。でもね、この子たちにも、あの部の作品全体と同じ空気が漂ってるのに気付いちゃった」
「というと?」
「この子たちには、背景がない。海とか富士山とか江ノ島とかじゃないよ。道程がない」
「童貞っていうより処女でしょ?」
「その童貞じゃないよっ、道のほうの道程」
「ごめん、素で間違えた」
「清川くんイヤらしいね」
「よく言われる。で、まぁその、要するに、キャラクターを思うがまま描いたはいいけど、外見だけが独り歩きしてる感じなのかな」
「そう。自画自賛できる程度に上手く描けてる自信はあったけどハリボテ感があるって、見学してるときに気付いたんだ。人の振り見て我が振り直せだね。私のキャラクターはハリボテ、もっとわかりやすく言うと模型だった」
「模型?」
「模型ってさ、クルマでも電車でもロボットでも外観は綺麗だけど、内装は皆無か質素じゃん。それと同じってこと。だから私はこの子たちを生かしたいって思った」
「生かそうよ、せっかく生まれたキャラクターなんだから」
「うん、だからさ、ちょっと手伝ってくれない?」
「僕が?」
「イヤ?」
「ううん、作家志望だし、実は一件抱えてるものがあるから、その折を見ながらになるけど」
「なにそれ!? なんか面白いことやってるの!?」
「う、うん……」
まずいかも、ピクチャードラマのこと、言って良いのかな。




