部長、副部長と知り合った
遮光幕のかかった鉄扉を凛奈がカラカラと開け、僕は彼女の背に身を隠した。
なんて情けない光景だろう。
「失礼しまーす」
「失礼します」
白い蛍光灯がぎっしり並列していて眩しい部屋には机に設置されたコンピューター類が整然と並んでいる。広い空間に姿が在ったのは、意外や意外、たった二人だけ。
一人は出入口に近いデスクでPCに向かいマウスをクリックしている。三つ編みで肩幅が狭く、背は150センチほどだろう。彼女が作業を止めてこちらを振り返り、もう一人は一番奥のやや大きなデスクで突き立てた両手の甲に顎を乗せている。クールなイケメンという印象。彼は僕らに視線を送った。
「やあ、入部希望かい?」
こんな言葉遣いするヤツ、本当にいるんだ。
「はい、いかにも!」
凛奈の返事に続き、僕は言葉を発さず首肯した。
彼はおもむろに椅子から立ち上がり、僕らのほうへ向かってきた。
「にゅにゅにゅっ、入部、きぶぉっ……」
どういうわけか、手前の三つ編みさんが噛みまくりで、頭をビクビク振動させている。
僕と同じコミュニケーションが苦手なタイプか、部員不足により廃部寸前で感動しているのか、その両方か、それ以外の理由か。真意不明だが訊くつもりはない。
彼女も空気を読んで立ち上がり、こちらへ身を向けた。
「ありがとう。何かやりたいことはあるかな?」
「私はキャラクターデザインです! 可愛い女の子が大好きなので!」
「なるほど。君は?」
いちいち鼻に付く口調がムカつく。
「シナリオです」
「そうか、わかった。実は君たちが今年度初の入部希望者でね、さっそく次代の担い手が見つかって良かったよ。ところで君たち、名前は? おっと失礼、こちらから先に名乗るのが礼儀だね。僕は上矢部透。3年の部長で、相模原出身だよ。君と同じ、シナリオと制作進行、それに監督さ」
あまりお近付きになりたくないタイプだけれど、仕方なく僕と凛奈も名乗った。
相模原は神奈川県北部にある政令指定都市。相模大野や橋本などの中心部が栄えている一方、山間部にはツキノワグマが棲むほど深い森がある。
「ほら、コウザキさんも」
上矢部さんは三つ編み女子に自己紹介を促した。
「ふふふ副部長のっ、神崎芽吹、2年で、千葉県の四街道から通ってます。たた担当は、キャラクターデザインです」
「ヨツカイドウ?」
位置関係がわからないのか、凛奈が聞き返した。そこは、同じキャラクターデザイナーですね! とか言って打ち解ける場面じゃないか? 僕も上矢部さんと打ち解けるには時間を要しそうだけれど。
「あの、成田空港に行く途中にあって、戸塚か大船まで総武線で通ってます」
戸塚、大船は茅ヶ崎から東海道線で東京方面へ向かい十数分の場所。
「総武線ってあそこまで来てましたっけ?」
悪気はないのだろうけれど、どう見てもコミュニケーションが苦手で言葉を上手に紡げていない神崎さんに、容赦なく淡々と聞き返す凛奈。
「横須賀線だよ。東京駅を境に総武線へ直通運転してるんだ」
神崎さんの代わりに僕が答えた。この言い方だと総武線が横須賀線に乗り入れてるんです! とか言われ兼ねないけれど、あの青と肌色の電車はどちらに属しているのか。
「じゃあ横須賀線じゃないですか」
「そそ総武線ですっ……! あ、あれは、総武線です……!」
「はははははっ、千葉県民には強情に総武線って呼ぶ人が散見されるんだ。ちなみに厳密には銚子から東京までが総武線、東京から品川までは東海道線、品川から鶴見までが品鶴線、鶴見から大船まで再び東海道線を走って、大船から鎌倉や横須賀を抜けて終点の久里浜までが横須賀線さ」
上矢部さんが得意気に語った雑学を僕も知っていたけれど、そこまでの説明は不要と判断し押し込めた。知識があると語りたくなる気持ちはわかる。
「さて、せっかくの新入部員さんだ。まずは僕らのフィールドを見学してもらおう」
言いたいことを言い切り、鉄道だけに脱線した話を復線した上矢部さんは、僕と凛奈に制作現場を案内しようと部室奥へ促した。
「あのー、素朴な疑問なんですけど」
凛奈が上矢部さんに問い、彼は「なんだい?」と返した。
「部員って、これで全員ですか?」
「いや、他にもいるけど、その、みんな都合が合わないみたいでね」
幽霊だな。
「そうなんですか。大変なんですね」
「うん、大変なときもあるけど、一つの作品を創り上げて、誰かに見てもらう喜びは、何にも代え難いものさ」
なるほど、その想いは同じなんだと、僕は上矢部さんの言葉に妙に納得した。
「さぁ、じゃあちょっと、色々と見てみようか」




