勝ち虫の街、茅ヶ崎
僕が悶々と子育ての心配をしている間、美空はケータイで、三郎はデジカメで東屋を撮影していた。
結局昨夏ふれ合ったネコは現れず、僕らは東屋を後にして坂を下り更に奥へと進む。
何度か訪れている場所だから冒険のドキドキ感はないけれど、茂みを抜けた途端に広がる森の狭間に一直線に切り開かれた青空は、海辺育ちの僕にとっては異世界で、わあっと気持ちが解き放たれる。
生い茂る数十メートルもの木々や竹の葉が掠れる音、姿の見えない鳥たちの鳴き声。それらが何故か、胸を焦がす。
きっとこの土地には、生きものでも植物でもない、神聖な何かが棲んでいる。
左に畑、右にヘビが潜んでいそうな、いや、間違いなく潜んでいる草むら。小さな池の上にはクロスジギンヤンマの雄が悠々と飛び回り、己の縄張りを主張している。黄緑の頭と胸、黒地に瑠璃色の斑点模様がついた長い尻尾はまるで飛び回る宝石だ。
トンボをよく見かけるようになるのは4月下旬ころから。勝ち虫と呼ばれるそれをシーズンより少し早い上旬に見かけるなんて、縁起が良い。
サザンや加山雄三、宇宙飛行士や宇宙開発で知られる茅ヶ崎は、あまり知られていないがトンボの街でもある。童謡『赤とんぼ』は茅ヶ崎発祥で、夕方のチャイムはそれが流れる。また、市内にはいくつかの水源があり、トンボの生育に適した環境となっている。
「きれいなトンボだね」
「この子、高砂緑地でも見られますよ」
友恵、美空の順で言った。
「高砂緑地かぁ。この子といえば、このトンボも誰かに愛されてるのかな?」
「というと、お嫁さんでしょうか?」
「いやぁ、いま正にお嫁さんを探して飛び回ってるからその可能性は低いけど、幼虫時代は誰かに飼われてたのかな? って。私、中学3年間プール掃除やってたから、そこにいたヤゴを拾える限り拾って飼ってたんだよね。ただのギンヤンマとか黄色いシオカラトンボ。それで1ヶ月くらいするとみんな羽化してトンボになるんだけど、いっしょに過ごした子たちがた畳んでた翅を瞬時にバッと広げてブルブル小刻みに震わせて飛んでくとき、うれしさとともに淋しさがあって、涙が込み上げてきちゃうんだよ」
友恵の言うただのギンヤンマとは、クロスジでもハワイでもリュウキュウでもない、ベーシックなギンヤンマだろう。クロスジギンヤンマが木々に囲まれた池を好むのに対し、ギンヤンマは開けた池を好む。プールは開けているのでギンヤンマが飛来したのだろう。
シオカラトンボは羽化して間もないころは雄雌どちらも黄色いけれど、成熟すると雄は胴体が青紫に、眼はガラスのように艶やかな瑠璃色になる。雌の胴体はより濃い黄色に、眼はやはりガラスのように艶やかだが、緑色になる。
「そうだったのですか。いっしょに過ごした仲間ですからね。その気持ち、わかる気がします」
「ありがとう! こんど美空ちゃんも飼ってみる?」
「か、飼いかたを教えてくだされば」
「わかった! こんど教えてあげる!」
「よろしくお願いいたします」
友恵と美空が会話をしつつ、トンボを熱心にレンズで追っている。二人ともまったり口調だけれど手はトンボの動きに合わせ俊敏に動かしていて、そのギャップがシュールだ。ある意味神業だと思う。僕だったら絶対きれいなっ、トンボだねっ、この子高砂緑地でも見らっれ、ますっよっ。みたいに途切れ途切れな言い方になる。
三郎は手慣れた様子で、長沼さんはしばらくジロジロと目で追ってからケータイでささっと撮影した。僕もケータイで撮影したけれど、時速70キロもの速さで縦横無尽に、ときにアクロバット飛行する被写体をレンズに収めるのは至難の業だ。
やってみればわかるけれど『飛翔型』といって、よく枝の上などに止まる『静止型』の一般的なトンボのようになかなか止まらないうえに俊敏かつ高速で、飛び回るヤンマの撮影は本当に難しい。
結局、ホバリングしている僅かなタイミングを狙ってなんとか撮影に成功した。
取材って大変だ……。
「友恵、生きもの好きなの?」
僕が訊ねた。
「生きものが好きっていうか、真幸と同じで色んなものに自ずと目が行く的な」
「やっぱり僕もそうなのかな?」
なんとなく、幼少期から同い年の他の子たちより物知りだった自覚はある。
幼稚園や学校で、ほとんどの子は流行りのアニメやゲーム、バラエティー番組の話しかしないなと。
そういう子たちと馴染めないなら勇気を出して声をかけて交ぜてもらいなさいという先生に、僕は疑念を抱いていた。
友だち百人目指そう。
それが社会のルールなのだと刷り込まれてきたけれど、僕は高校生になった現在でもそれができていないし、必要性を感じない。
流行やテレビ番組はさておき、群れる機会が少なかった僕はそのぶん所持品を盗まれたり万引きに誘われるなどのトラブルが少なく、社会通念は必ずしも正義や良識とは合致しないと、実感しつつあるところ。
小中学生のころ、遊びや家庭科調理実習の買い出しで自転車に乗るとき、単独行動では市が運営する駐輪場に、調理実習で同じ班のメンバーなど複数人行動のときは駐輪場に停めようと提案するも結局は駐車禁止区域に。逆らったらいじめられる。そんな空気があった。
当時の罪悪感を、年月が経った現在でもよく覚えている。それが、彼らから得たもの。
人は一人では生きられないけれど、無差別に付き合うと痛い目を見る。
「そうだよ。それは間違いない。3年間いっしょに過ごしてきた私と三郎が保証する。ね?」と友恵は三郎に同意を求めた。
「えぇ。15歳にしては知識豊富で見識が広いと思うわよ。しかも広く浅くじゃなくて、広く深く。そんな人は世界中でもほんの一握りしかいない」
「……」
おぉ、おおお……。
あまり褒められた経験がないせいか、自分に自信がない僕。だからこうして断言してくれると心底うれしくて、照れ臭くて、どうすれば良いかわからなくて、目を潤ませ口をもごもごさせてしまう。




