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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年4月 高校生編

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にーやん自殺好きだねー

「にーやん自殺好きだねー」


「うん」


 何も知らない人が聞いたらかなり物騒な会話だ。


 21時。子供部屋の2段ベッド上段でうつ伏せになり友恵が描いた漫画『自殺』の単行本第1巻を開いたとき、6年生になった妹の灯里が上下ピンクのシンプルなパジャマ姿で下段から上段の縁に両手の指を掛けひょっこり覗き込んできた。お前もひょっこりタイプか?


 子供部屋にテレビはなく、2段ベッドが西側壁際、東に小窓、南に庭に出る大窓、北側壁際に学習机が2台並んでいる。


 茅ヶ崎や鎌倉など、湘南に長く住んでいる家庭は庭付き注文住宅が多く、うちも例に漏れない。この近辺は昨年夏休みの自由研究絵本で美空が描いたお茶が好きな一家が住む家の庭が特に広い。


 その家は芸能関係者ではない一般の夫婦と娘の家族だけれど、何人かいる茅ヶ崎市内で秘かに知られている人の一人。他に若者では友恵や三郎、イラストレーター志望の少年など、中高年層では全身の指でも足りないほどの人がいる。


 茅ヶ崎は芸能人や宇宙飛行士でなくとも顔の広い人が多い不思議な力のある街だ。‘茅が生い茂る力の崎’が地名の由来だそうで、つまり『茅ヶ崎』を翻訳すると『パワースポット』となる。


 約24万もの人が暮らす街にしては人と人の繋がりが強く、温かい雰囲気がある。一般人でも顔が広くなる理由は、この街独特の不思議な力が働いているのかもしれない。


 さて、読書を始めよう。僕は目次から本編へとページをめくった。



 ◇◇◇



 高橋たかはし香織かおり、12歳、住宅街とスーパーはあっても海も山も遊園地も、これといったものがないどこにでもあるような普通の街に住む小学6年生。


 家族は両親と弟の、建売住宅で四人暮らし。たまにファミレスや回転寿司で食事ができるくらいの、経済的にもごく普通の家庭に育っている。


 お母さんはよく言う。


「あなたは家庭にも先生にも恵まれて幸せよ」と。


 私はゲームが好き。テレビゲーム、ポータブルゲーム、カードゲーム、ゲームの類なら大体なんでも。


 だって、私の住む世界は無機質で閉鎖的で、『笑顔あふれる街』というキャッチフレーズの割に行き交う人たちは下を向いていて、この前人身事故で電車が止まったときは物凄い剣幕と怒鳴り声で駅員さんの胸倉を掴んでいた。そんなつまらない街だから。


 それでもきっと、東京の、例えば池袋いけぶくろとか歌舞伎町かぶきちょうと比べればずっと治安が良くて、この街で暮らす人たちは幸せなんだと思う。


 そう、だから私は幸せだ___。



 ◇◇◇



 これが『自殺』の出だし。


 夜、自室での一コマから始まるから主人公の香織は黒髪ロングだけれど、日中は三つ編みで縁の細い眼鏡をかけている。画風タッチは少女漫画らしくさらっとやわらかいけれど、目はワ○ピースとかヒ○ルの碁のアニメ版と同じくらいとやや小さめ。


 香織の置かれた環境は茅ヶ崎とは対照的に感じるけれど、実は絶景スポットに恵まれたこの街でもそういった場所へ頻繁に出かける人は人口の半分以下。ほとんどの市民の行動範囲は住宅地と学校や職場の往復に留まっている。芸能やクリエイターの街といえど、その彩り豊かな街の恩恵を享受するか否かは自分次第。芸術的なことをする人もいれば、そうでない人も大勢いる。


 強いて言えば、クリエイター産業に限らずあらゆるワークにおいて、いわゆる普通の街で輝ける人は砂粒一つ程度しかいないとすると、茅ヶ崎ではこぶし二握りや三握りという驚異的な割合ということ。まぁ、それもまた本人が輝こうとするか否かの問題で、あくまでも街の潜在能力ポテンシャルは高いという話。


 笑顔あふれる街というキャッチフレーズは友恵がテキトーに付けたもので、作品の舞台は茅ヶ崎ではないどこかのありふれた街のイメージを描き起こしたものだという。


 友恵は『自殺』の他にも小説の挿絵やコミカライズも描いていて、そちらはポップでライトな内容になっている。


 自分の考えた物語ではないから、キャラクターの描き方とか雰囲気の演出は余計に大変ではと質問したところ、自分では思いつかないシチュエーションや癖、作風があるし、小説家がさりげなく次へつながる仕掛けをしてくれるから楽しいし恩を感じてる、自分もいつかそんな風に誰かが新しい一歩を踏み出すきっかけづくりをしてみたいと、一年くらい前に言っていた。


 確かに、友恵単独の作品と小説の挿絵やコミカライズとでは絵の雰囲気が異なり、後者のほうがやわらかく、しかし整った画風になっている。


 さて、読書の再開だ。左向きに寝転び閉じていた本を開く。



 ◇◇◇



 今日も、目覚めの悪い朝が来た。


 日当たりの良い部屋なのに、全然爽やかな気分にならない。


 寝ぼけ眼で階段を下り、洗面所で口をゆすぎ歯磨きをした。


「おはよう」


「うん」と、キッチンで目玉焼きをつくる母に覇気のない返事をする。いつも通りに。


「あぁ、学校行きたくない」


「それ口癖になってない? 大人になって会社に行くのなんかもっと大変なのに、いまからそんなこと言ってどうするの」


 口癖になる。それがどういう意味を持つのか、母は理解しているだろうか? 大人になってからも大変かもしれないけど、ならいまの私はラクだっていうの? 


 そんなモヤモヤに全身を支配されながら私は靴を履き、まばゆい朝陽を浴びて学校へ、できる限りゆっくり歩く。遅刻ギリギリに着くように。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 漫画の描写を小説に落とし込むという挑戦回でした。


 そして真幸の妹、灯里が久しぶりの登場となりました。


 次回はラブホ大好き友恵回の第‘69’回『最高の物語を、最高の絵で』。お楽しみに!

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