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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年2月

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踏み出す勇気

「ところで、真幸はアニメをつくらないの?」


「つくるよ」


「いつ?」


「そう訊かれると……」


「アニメは色々と大変だもんね。まず動画。それに声、音楽その他諸々」


「そうなんだよ。僕の経済力ではとてもつくれない。高校にアニメをつくるクラブがあるらしいから、そこから始められたらいいな」


「でも、そう訊かれるとっていう言動からは本当は今すぐにでも始めたいという願望が見え隠れしているね」


「そうだよ。今すぐ始めたい」


「なら、始めよう」


「でも機材が……」


「それより先に、ストーリー、キャラ設定、人脈、そういった準備はできているの?」


「いえまったく」


「それを築くのにどれくらいかかると思う?」


「さ、さぁ。どれくらいだろう」


「それに人脈ができたとしても、相手は他にもやることがあるだろうから進行は速くない。仮に真幸の物語が他のことをかなぐり捨ててでもやる価値のあるものだとしても、ものすごい数の絵を用いる動画制作は相当な時間を要するかと」


「あ、はい、それはもう仰る通りで」


 悩みごとがあるときは一先ずそれを置いて、他のことを考えるのがいちばん。極限まで忙しくなると人間は余計なことを考える余裕がなくなり、そのときその場面ごとに思考を切り替えるようになるとか。私の場合はパニックになって着手できなくなるけれど。


 真幸にはアニメをつくるという大仕事があるけれど、〆切が設けられておらず、故に時間的余裕があるように錯覚している可能性があるとみてそこを突いたら図星。


 真幸は物わかりが良くて助かる。


 女子校の愚者どもは理に適わぬ議論を延々重ね時間を浪費するだけで、一言で片付けようとする私は除け者にされるから、いつもちゃんと私と向き合ってくれて、尚且つ合理的な判断ができる真幸との会話やともに過ごす時間はとても心地よい。


 こうして真幸と会話をしながら、私はチョコを渡すタイミングを探っていた。


 やはりどうしても彼は男の子で、大きいか小さいかはわかり兼ねるもイチモツの存在は箱根で確認済み。


 人見知りだから女の子に渡すのも実は勇気が要るけれど、男の子となるとその緊張や胸のつかえを遥かに上回る。


 でも相手は真幸。私のよく知る清川真幸。


「ところで、美空はどうしてバナナを持って海に?」


「あ、えーとね、これは友恵ちゃんから」


「友恵!? てことは駅からサザン通りを経由して歩いてきたの!? 道のり3キロくらいあるよ!」


「30キロ走に比べれば……」


「おつかれさまです」


「あれは本当に大変でした」


 そう、昨秋私は鎌倉の学校からここまでぐでぐでになって走り、この近辺で顧問の相原を欺き脱走した。結局は折り返し地点でリタイアなので15キロしか走っていないけれど、運動音痴の私にとって拷問には違いない。


 あぁだめだ、こうして先延ばしにしていたらいつまで経ってもチョコを渡せない。


 落ち着かなくなって、鞄を開けてレモネードをしまう。その流れでチョコを出したいと思い切るために。なのに届くはずの手は‘そこ’まで届かなくて、すっかり冷めたペットボトルの下敷きになる。


 それはチョコに込めた想いを、あくまでも食べる人に喜んでもらいたいという単純な想いだけれど、それを押し込め潰してしまうようで、心と頭の中を縄で縛られ、刺されたように痛い。


 このまま行き場を失くしてしまったチョコは虚しく私自身が消化せざるを得なくなり、それが悲しい。


 改めて思った。私は自己愛がとても強いのだと。気が付けば自分のことばかり考えていた。


 こんな醜い私だからブラックな部活に引き込まれて、徹夜が当たり前の日々を送ってナーバスになり、その苦境に負け弱音を吐く自分に天罰が下される。部活や菖蒲沢麗華、素直ちゃんに家庭内。どこにいても不満を口にする日々が常態化していた。つくったチョコだって鬼の型を取っていて、攻撃的と捉え兼ねられない。


 自分のしたことの代償が積み重なっただけなのに、その一つひとつが絡み合って不安を誘発し、いまみたいに不意に泣きたくなる。


「どうした?」


 手の動きが止まったままの私に異変を感じたのか、真幸が心配そうに私を見ている。


「ううん、なんでもない」


「さっき僕の悩みを聞いてくれたばかりじゃん。今度は僕が聞く番」


「うん、ありがとう。あの、良かったら。色々と自信はないのだけれど……」


 私が真幸の心情を察せるように、真幸もまた私の心情を察せるようだ。お互いわかりやすい性格をしている。


 止まっていた手を動かし、私は真幸にチョコの入った小袋を差し出した。


「うわぁ、ありがとう! 遠慮なくいただきます!」


「え、あ、はいっ!」


 そのときふぅっと一気に肩の力が抜けた。案ずるより産むがやすしというけれど、それを実感すると同時に、やはり色んなドキドキが混ざり合って、そわそわした。


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