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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年2月

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冷えた空気に胸を焦がして

『ドア閉まりまーす! お荷物お身体強くお引きくださーい!』


 江ノ電を乗り越さずに済み、ビービーギャーギャーバッサバサと凄まじい数の可愛らしいムクドリのさえずりがロータリーを支配する藤沢駅のペデストリアンデッキを渡り、東海道線にどうにか乗った。


 乗ったのは普通電車の沼津ぬまづ行き。新鮮な海産物を味わえる沼津港ぬまづこうや透明度の高い内浦湾うちうらわんと富士山を臨む高台の絶景スポット、長浜城跡ながはまじょうあとなどを擁するあの有名な沼津だ。私も何度か訪れたけれど、ゆったりとした時間が流れて居心地が良く、いつかまた行きたいと思う。


 神奈川県内の東海道線は過半数が15両編成で運行される中、この列車は短い10両編成で運行。まだ15時台で通勤ラッシュ前なのに鮨詰め状態になる鬼の列車。スリや痴漢またはその冤罪発生も十二分に懸念され、地元住民の間でよく言われる‘全列車15両編成で運行して欲しい’という切実な願いはに叶いそうにない。


 奴隷の如くステンレス製の車体に黄緑とオレンジのラベルが貼られた走るみかん箱にぎゅぎゅっと詰め込まれ、さすがの私も寝落ちや乗り越しなどせず、7分間の拷問に耐え茅ヶ崎駅で下車した。茅ヶ崎駅では乗客の4割ほどが降り、たったいままでの混雑が嘘のように空席もできた。


 人混みに紛れ改札口を通過。南口に出てサザン通りの八百屋さんへ向かった。


「あ、友恵ちゃん、お久しぶりです!」


 そろそろ不愛想な自分を脱却しようと笑顔を振りまいてみる。友恵ちゃんと会うのは文化祭の日以来2度目。しかしメールやSNSでのやり取りは頻繁にしているので、多少ボロは出てしまっていると思う。


「美空ちゃん久しぶりー! どうしたの?」


 昭和中期ころに建てられたであろう塗炭屋根の八百屋さんの店先では、友恵ちゃんが一人で店番みせばんをしていた。プラスチックの赤いザルが所狭しと並び、トマトやナス、ピーマンなどがスーパーの相場より若干安値で売られている。店の奥にはカーテン越しに居間があり、ドラマの再放送らしき音声が漏れている。


「バレンタインデーなのでチョコを渡しに」


 私は鞄からおもむろにチョコの入った小袋を取り出し、友恵ちゃんに差し出した。


「ありがとー! 私からもあげる!」


「え、でもこれ売り物……」


「いいのいいの! 余ったチョコでチョコバナナでもつくって!」


 友恵ちゃんから渡されたポリ袋には手づくり(?)チョコレートと一房ひとふさのバナナ。


「ありがとう。ところで、これから真幸にチョコを渡そうと思うのだけれど、メールの返信が来なくて。どこにいるか見当つくかな?」


「真幸ならさっき海に行ったよ! アイツ学校にいるときはケータイの電源切ってて、まだ起動してないか電池切れたかだね」


「え、意外と真面目なんだ」


「小心者なんだよ。でっかくなるのはアソコだけ」


「見たことあるの?」


「いやあ残念ながら。でも真幸は茅ヶ崎随一の変態だから、きっとすんごくおっきくなると思う!」


「ふふふふふ……」


 SNSで卑猥な発言が目立つ友恵ちゃんにそんなことを言われる真幸の立場って……。


 友恵ちゃんに手を振って、私はどこの生徒だかすぐに判別できてしまう上下ヨモギ色のブレザーを乾いた風になびかせ紅空の渚へ向かう。


 そういえば男の子にチョコをあげるって、初めてだな。友チョコだけれど、冷えた空気が逆に胸を焦がして、意味もなく情を疼かせる。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 先日受けたインタビューの一部が採用され、約13年ぶりに公共の電波に乗った作者です。収録時は某声優さんが司会をしていると聞きましたが、実際はベテランお笑い芸人さんと有名であろう若い女性たちでびっくり。


 自分の喋る姿を映像で見る機会は滅多にありませんが、大変腑抜けていたのでハキハキ喋れるようにしようと改めて思いました。


 本作では美空や真幸がやや大人しめな口調ですが、彼らもこのままではいけないと成長しようとしているところで、その様子を今後とも見守っていただければ幸いです。

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