きょうも一日がんばろう!
「うーん……!」
毎晩恒例、塾から帰って絵本を描いて床に就き、活性化した脳がようやく夢の世界へいざなわれたのは午前1時ころだろう。
それから5時間後、十分な睡眠をとれたとはいえない時間にむくり目覚め、白い天井とその先の空や遥か異空間へ向けて伸びをした。
ベッドの脇、閉めきった小窓のカーテンのすき間から閃光が差し込んで、小鳥たちのさえずりが聞こえる。寝汗の染み込んだネグリジェが背に密着して部分的に冷えたからだは、しかし火照っている。頭の中が熱い。脳がゆで玉子になったような感覚だ。
あぁ、これはお母さんに冷房切られたな。激しい目眩がする。ボイルドエッグならともかく、ボイルドブレインなんて美味しくないから余計な調理はご遠慮願いたい。
寝相のせいでだらしなく散乱した布団やシーツに消臭スプレーを20回噴射してカーテンを開け、日光消毒を期待しつつ自室を出る。本当に消毒したいならベランダに干せ私。
洗面所で手を洗うとそのまま水を汲んで口をゆすぎ、まだ両親が起床していない静かなリビングで口腔内殺菌を期待しつつ、敢えて天然水ではなく微量の塩素を含んだ水道水を飲む。歯磨きをすれば良いのだけれど、口腔内にペーストが残った状態で飲む水は苦いから、飲み終えてから歯を磨く。
「昨夜もありがとう。またお願いします」
洗面所に戻って歯を磨いたらネグリジェと下着を脱ぎ、謝意を告げてそれらを洗濯機の底にそっと置く。夜と朝、日当たり2回も下着を替えるのは贅沢かなと思いつつ、寝汗が染み込んだそれを終日着用するには抵抗がある。
ハンドタオルを片手に、足元に注意しながら浴室に入り蛇口レバーを上げて冷水を流しお湯に変わるまで待つ。床に弾かれて脚にかかる水滴が冷たくて気持ちいい。
お湯が安定して出るようになったら、心臓発作を起こさぬよう爪先からゆっくり上へとシャワーをかけてゆく。
「ふあぁ、気持ちいい……」
魂が抜けそう……。
汗として表面に付着したべたつきも、温かいシャワーに刺激されて内側から噴き出したものも、ふわふわの泡とぬるま湯に溶け流れ落ち、からだが軽くなってゆく。
シャワーを浴びる前に江ノ島あたりまでジョギングすればもっとスッキリしそうだけれど、運動は苦手。サイクリングくらいならできるかな。
湯浴みをしている時間は、勉強も、創作も、何もしないひととき。
こういうとき私は、6年前に近所の大きな公園内にある野球場で催されたサザンのライブに涙したとか、3年前まで一緒に暮らしていたゴールデンレトリバーの男の子、コロのこととか、楽しい思い出、悲しい思い出が走馬灯のようによみがえる。
過去の一つひとつはきっと、未来への力になる。私が描く絵や物語に誰かが共感したり、ワクワクしたり、ときに重苦しい気分を少しでも軽くしたり、あわよくば泣いてスッキリしてもらえたら。そんな仕合わせを送り届ける事、すなわち‘仕事’をして生きてゆけたら、どんなに幸せだろう。
「大丈夫、私なら絶対大丈夫」
未来の保証はないけれど、そう信じて一日半歩でも進めば、辿り着く先は明るいはずだ。
「よし、きょうも一日がんばろう!」