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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2007年2月

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ビターチョコレート

 2007年2月中旬。茅ヶ崎には乾いた北風が吹き、手が荒れてあかぎれができる、春の訪れが待ち遠しい、そんな季節。


 受験が終わり、予定もない。最近はそんな日々が続いている。高校生になったら著しい成績不良だと留年や退学も有りるから、それまでの骨休めか、予習や準備期間といったところか。


 そんな折、事件が起きた___。



 ◇◇◇



 きょうはバレンタインデー。日当たり良好な東海岸地区は、コンクリートの建物が密集する駅周辺よりいくらか暖かく、風が弱い。


 東海岸北五丁目交差点では近くにある駐在所の警察官が「おはよーう」とその横断歩道を渡る小中高生たちに声をかけ、登校の安全を見守っている。人見知りの僕はボソッと「おはようございます」を言い会釈した。


 警察官の背後には、信号待ちの自動車、西へ続く通りと軒を連ねる店舗や住宅、そして下のほうまでどっさり雪の積もった富士山がそびえている。


 ピーピーギャーギャーと動物園のように学生たちの喋り声や笑い声が飛び交う中、僕はいつもひとりで登校する。


 教室に着くと、まだ約半数のクラスメイトは登校前で、中央部の席ではエリート男女3人組が神の存在を有とした場合と無とした場合において、どちらが幸福になれるかを議論していた。


 最近、美空に会ってないな。


 メールによると、近ごろ美空はヨコハマヨコスカブームで、よくスケッチをしにそれらの街へ放課後ひとりで出掛けているらしい。


 横須賀駅前のヴェルニー公園でスケッチをした後、電車を乗り過ごして千葉県の君津きみつまで行ってしまい、2時間かけて帰って来たのだが、後日同じ横須賀市内の三笠みかさ公園を訪れた際、実は街灯りや建物が見えるくらい近い対岸にあると景色を見て知り、落胆したそうだ。神奈川県沿岸部から房総ぼうそう半島は直線距離では近くても、陸路を辿ると遠い。


 以前にも何度か乗り過ごしたと聞いた僕は『座らない選択肢はないの?』とメールで訊ねたら、『ボランティア部という名ばかりで実際はなんでも屋となっている鬼の部活を終えた後で、たとえ僅かな乗車時間でも座らないという選択肢はない。なお先週末は東海道線を乗り過ごして岐阜県の大垣おおがきまで行ってしまった』と返答があった。東京始発の大垣行きは、終電近くに出る快速『ムーンライトながら』1本のみ。中学生が一人で出歩いて良い時間ではない。


 卒業間近なのに、まだ引退させてもらえないんだ……。


 美空からはチョコ、もらえるかな?


 会う約束はしていないし、スケッチや部活で忙しそうだからもらえないか。


 教卓の横ではストーブがガンガン焚かれていて酸素が薄く、とても息苦しい。


 冬になると毎日こうで、教室滞在が身体的にとても苦痛だ。


「清川くん! チョコあげる!」


「あ、ありがとう」


 入室して早々、最後部の荷棚と机の間を息苦しさで俯き加減に牛歩していたら、クラスメイトの女子に呼び止められてチョコをもらった。ありがたい。中海岸なかかいがんにある生チョコ生みの親が営むお店の品だ。自分で買って食べたこともあるけれど、9百円くらいする中学生にはなかなか手が出ない高級品。


「清川くーん! 私もあげるー! 手づくりだよー!」


「あ、はい、どうもありがとうございます!」


 手づくりアピールをされて、すごいとか、手間をかけたんだねとか、何か言うことはあるのだろうけれど、市販品をくれた人との対応に差をつけたくなくてオドオドしながら受け取ってしまった。


 まだホームルームまで時間がある。酸素が薄くて息苦しいから、ちょっと教室を出よう。


 コンクリート剥き出しの無機質な廊下。クリーム色に塗装された冷たい壁。ベージュのタイルが張られた5人用の洗面台。別荘地茅ヶ崎といえど、我が校にはお洒落の欠片もない。


 ちなみに隣接する小学校は同じく無機質だけれど、ランチルームだけはフレンチレストランのように豪華で、頭上には天ノ川に見立てたビー玉を敷き詰めたはりがある。


 行く当てもなく、とりあえず人通りの少ない東側へ向かって歩きPCルームに突き当たり、2階へ下る階段へ右折したとき___。


「あ、あのっ、清川くん!」


 背後から女子に呼び止められた。

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