美空がステージに立った理由
静の罵声はその名に反して教室はもちろん、フロア全体、もしくは他の階にまで響き渡っているであろう。
清美はそれに対して途切れつつも言葉を紡いでいるけれど、もし私がこんな怒鳴られかたをしたら、きっとショック過大で頭をガンガンさせ呆然としてしまうだろう。
取り押さえている現在でさえ、大きな声に混乱している。メンタル弱し。
そうこうしているうちに鋼のメンタルを備えているであろう菖蒲沢麗華が登校してきたものの、傍観者の一人になるだけでただ静観していた。か弱き私の代わりにクールな頭脳と饒舌な魂で事態を収束させてくれてもいいのに、まったく使えない女だ。
周囲がざわめくなか、清美が静の恋人と接吻を交わすまでに至った理由を述べ始める。
「沼田くん、沼田礼太郎くんと私はこれまでも何度か、塾の日程が合ったときはいっしょに食事やお茶をしていました」
2秒、間を置く。
「それで、昨夜も、そのつもりでした。ところが食後、誰にも聞かれたくないことがあるからと、初めてカラオケ屋さんに誘われました。近ごろどこか沼田くんの様子がおかしいと申しましょうか、覇気がなくて、心配事があるのかなと、私はお誘いを受けました」
そのとき、静の力がふわっと一気に緩んだ。それでも解放はしないほうが良さそうだから、引き続き腕を絡めておく。
静の弛緩には、どんな意味があるのか。
「あの、これ以上、お話ししますか?」
先ほど事の顛末を述べる旨を宣言した清美だけれど、静に何らかの忖度をして、俯いたまま目を合わさず彼女に問うた。
「あぁ、いいから話せよ。あったこと全部」
言われて清美は僅かに顔を上げ、しかし静とは目を合わさなかった。意思は確認しましたという意味だろう。
「カラオケ屋さんで私は、この話は静さんにもしたと前置きされ、沼田くんから相談を受けました。沼田くんのお父さまは旋盤加工業の町工場を営まれていて、そこが経営不振となり、多重債務で家計は火の車」
旋盤とは、金属を切削するなどして形状を整え、綺麗に仕上げること。世の中のあらゆる金属製品、例えば自動車や鉄道、船舶、航空関係、ひいてはロケットなど宇宙でも耐え得る製品の部品として使用されるものを造る、とても細やかな仕事。
「沼田くんはお家を救いたいけれど、子どもである自分にはなにもできない。誇り高きお父さまのお仕事が、お家が無くなりそう。なのに自分は無力で、つらくてたまらない。そう仰っていました。それを静さんにもお話ししたのだけれど、と」
「あぁ、聞いたよ。だから励ましたよ。そこからどうしてあれに発展するんだよ」
静の言葉を受けて、清美はぐったりと頭を垂れる。「これ以上言いたくないな」と、彼女の全身が訴えかけている。
「どうして、どうしてちゃんとお話を聞いて差し上げなかったのですか!? あなた、彼がどうしようもなく苦しんでいるとき、大丈夫なんとかなるとか、どんと構えろとか、頑張れとか、どうしてそんな軽薄な言葉で彼を突き放したのですか!? 恋人でしょう!? 大切な方なのでしょう!? なのにどうしてそんなことができるのですか!?」
形成逆転、静は全身をビクビク痙攣させ、私たちの力では押さえ切れない勢いでどさっと床へ崩れ墜ちた。
「かくいう私も、家計を救えるようなことは思いつきませんでした。しかし、これはあくまでも友愛のつもりで、胸に抱き寄せて、気が済むまで泣いていただきました。やがて彼は泣き止み、経験上、キスをすれば一時的だけど心が軽くなってスッキリするからと、接吻を求められました。そこから先は、お話しを差し控えさせていただきます」
これは浮気と呼べるのだろうか。静は被害者のはずなのに、私は味方をする気になれない。もし清美が彼に救いの手を差し伸べていなければと想像すると、とても咎めるべき事象とは捉えられない。正義は確かに、静のはずなのに。
正義と善行は異なる、ということか。
◇◇◇
そんなことがあってバンドは解散。今回の楽曲は真幸との合作ということで、せっかく作ってもらったものを発表しないなど言語道断。創作家としてあるまじき行為。作詞と同じく、曲作りも相当な労力を要する。それを無下など、絶対にしてはならない。
致し方なく、私たちボランティア部と残りのバンドメンバーで演奏する運びとなった。
なお、いま踊っているダンス部の発表を請け負った理由も、これはもうふざけるなとしか言いようのない理由がある。
お読みいただき誠にありがとうございます!
ということで、揉め事に巻き込まれた美空でした。
合作につきましては私も重要案件として扱っており、クリエイターとして果たすべきものと考えております。
以前は当サイトでの企画に参加させていただいておりましたが、最近はご無沙汰ですね。
また、未発表企画もございます。こちらは我ながら良い雰囲気の文章に仕上がっているなと、公開できる日を心待ちにしているところです。




