学祭バンド演奏会
まもなく自分たちが制作した楽曲を披露する時間。美空は内部の揉め事に巻き込まれたらしく、僕といっしょには観覧できないとメールがあった。
きっと公立校の下ネタ野郎に過ぎない僕の理解を超える、エリート女子校ならではの高貴な衝突なのだろう___。
菖蒲沢さんに講堂へ案内してもらった僕たちは出入口に近い壁に背を預け、非常灯程度の暖色電球が照らす暗い会場で観客や幕の下りたステージを俯瞰している。どんよりした空気と観客たちの喋り声がイベント前の緊張感と高揚感を掻き立て、僕も胸が躍ってきた。
そのうち観客が続々と集まり、やがて連結金具で15×10に隙間なく整列されたパイプ椅子は満席になり、立ち見客も数十人発生した。
人見知りの僕だけれど、こういった場においては誰かが隣にいてくれると気が軽くなるようで、苦手なタイプではない菖蒲沢さんの存在が先ほど出会ったばかりであれど心強い。
デジタル腕時計は暗がりの中で12時を表示し、ステージ両サイドの壁に1基ずつ取り付けられた長方形の大型スピーカーからは、生徒と思しきあどけない女声で「まもなく、軽音楽部によるバンド演奏会が始まります。皆さまごゆっくり、お楽しみください」と案内があった。
いよいよだ。
僕の創作物が世に出る瞬間が、いよいよ訪れる___。
「いよいよですわね」
「はい」
観客の期待と、出演者の緊張や晴れ舞台への武者震い。この空間には各々の多様な感情が飛び交っている。
僕の曲を奏でるのは、どんな人たちなのだろう?
披露は緊張するけれど、早く彼女たちの顔が見たい。特にボーカルが気になる。僕の曲と美空の詩を、どう表現してくれるのだろう?
素人がつくった楽曲という不安も織り交ぜながら、ブザーも合図もなく、静かにゆっくり幕が上がり、ミラーボールや照明の眩しいステージが姿を表した。やはりバックのドラムはやたら目立つ。距離か光か視力のせいかステージに立つひとの顔はよく見えない。
そもそも僕らの曲が何番目に披露されるかは聞いておらず、彼女たちが奏者とは限らない。
プロミュージシャンのライブならこの時点で大歓声が沸き起こるけれどそこは残念。客席は幕開け前より静まりかえっている。けれどそれは映画館同様、興行開始に胸が高鳴ったり、マナーのうえでのこと。
タンタンタンタンとドラムがステッキで合図をすると、覚えのあるメロに思わず息を呑むと同時に、急に緊張が増して胸をギュッと締めつけられた。
僕らの楽曲『青春バラード』だ。
メロディーだけで質素だったイントロは、誰かの見事な編曲によりギター、ベース、ドラムス、キーボードのカルテットで重厚感のある仕上がりに。しかも学祭バンドにしては珍しく演奏がガチャガチャに乱れずちゃんとサマになっている。
正直、もうこれだけで僕は満足だ。
しかしステージの彼女はいま、歌い出した___。
◇◇◇
『小さいころ思い描いた青春と現実はちょっと違っていて
輝かしいこのときも案外苦しいことだらけだ。
これからいいことあるのかな?
そんな夢を描いては
つまずいてばかりの日々を私はいま送っている。
でも朝陽の射し込む電車、途中で待ち合わせ登校する友だち
気に入らないあの子との衝突。
10年後には‘あの一瞬一秒が青春だったね’と笑い合えているのかな?』
◇◇◇
歌の途中、段々と目が暗い会場に慣れてきた。
ボーカルの声やシルエットに覚えがあるとは思っていたが、やはりそうか。
美空だ。歌うはずのない美空がいま、ステージから会場全体にやさしい歌声を染み渡らせている。
きっと何らかの理由でボーカルが欠員になり揉めたのだろう。
その気になれば大概のことはできるという美空だが、やはり今回も感動し感心せざるを得ない。
日ごろのどこかふざけた態度も素で、このやるときはやる威風堂々としたさまもまた、素の彼女なのだろう。
演奏が終わり、美空たちバンドメンバーがタイミングを揃えて「ありがとうございました」と深く礼をした。
同時に会場から溢れるほどの拍手が沸き上がる。
「すごい! あのひとたちすごくない!?」
「学祭の曲って全部オリジナルなんだよね!? 誰がつくったんだろう!?」
後方にいる小学生くらいの女の子グループの声が聞こえてきた。
認められた。合作だけど、僕の作品が知らないひとに認められた。
なんだろう、この恥ずかしくてむず痒いけれど、つくったの僕です! と思わず声高に名乗り出たくなってしまうこの感覚は……。
自分でつくったものを公にするという未体験だった刺激に心は右往左往するけれど、これほどまでにやりがいを感じたことはない。
テストで満点を取ったときよりも、他のなににも勝る楽しさを僕はいま、全身で味わっている。
もう全身が痺れ上がり、蒸し暑い会場で息が上がり、汗が止まらない。
「素敵ですわね、あの星川さんが歌っているのに思わず聴き入ってしまったのは、清川さんの曲のせいかしら?」
「ありがとうございます! えと、とにかくありがとうございます!」
ツンデレお嬢さまの菖蒲沢さんはこう言いながら美空のことも称賛していると、僕も読み取れた。
「なんだかとても愉しそうですわね。そうか、さようでございましたか……」
菖蒲沢さんは思い至り悔いるような、しかしその表情はすぐに爽やかで上向きな笑みへと変わった。きっと彼女の過去に起因することなのだろうけれど、それを訊いてしまうのは野暮というものだ。
その後も僕らは後続の発表をその場で立ち見していた。腕前はそれぞれだけれど、どのバンドもグダグダした僕らの学校では信じられないくらい本気で、ただ夢中の1時間だった。
お読みいただき誠にありがとうございます!
今回のお話を執筆中、中学の卒業文集に「このひとときはうたかたのように過ぎ去る」みたいなことを書いたと思い出しました。
確かにそのひとときは一瞬一秒泡沫のように思い出へと化してゆきますが、最近は大人になっても関わる人次第で青春は学生時代より進化して訪れるものだなと実感しています。
真幸や美空たちは10年後、進化した青春を謳歌しているのかな……?




