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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2006年9月

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33/307

缶入りナタデココ

「こんな時間まで塾なんて可哀想に。学校はなんのためにあるのかしらね」


「ほんとそうよねぇ」


 友恵といっしょに塾を出たとき、ちょうどその前を通りかかったオバサンたちは駐輪場で押しくらまんじゅうしている自転車を見て、憐れみの言葉を放った。


 そうか、僕らは可哀想なんだ___。


 だが世界には学問に励みたくてもできない人々が山ほどいて、なんだかアンバランスな気もする。


「じゃあね、真幸、またあした!」


「うん。きょうはありがとう」


 ひひひっ、と照れ笑いして、友恵は僕と反対方向へ歩き出す。


 緑地から塾へ移動しているときはまだ高い位置にあった太陽はとうに姿を消していて、2、3階建ての建物に切り取られた霞む空にはぼんやりといくつかの星が瞬いていた。


 市内でも渚と街では、星の見えかたがだいぶ違うものだ。


 人通りのまばらな道を駅へ向かって進む。いつものように静かな通りでも飲み屋だけはワイワイガヤガヤ賑わっていて、自分は大人より多忙な日々を送っているのか思うと、更に気持ちが沈んできた。


 昼間、友恵と会話して少しは気が楽になったものの、空いたコンテナに再び少しずつ荷物が積まれてゆくように、気重になってゆく自分を実感している。


 この苦労の先に、いったいなにが待っているというのだろうか? 夜遅くまで塾に閉じ込められるのもまた、自分の本当の価値を見出だすために必要なことなのだろうか?


 そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか茅ヶ崎駅南口のバスロータリーに到着していて、形成された列に並んだ。僕の前には既に十人くらいがバスの着車を待っていた。


 発車時刻はわからないけれど、そんなに待たずとも乗れるくらいの本数はあるので、ポールに差し込まれた時刻表は見ない。


 とはいえ乗車まちはあまり好きではないから、早く着車してほしい。


 そう焦れったさを感じているとき___。


「ん!?」


 背後から何者かに肩を叩かれた。触れられた手の感触はやわらかく、体温は僕より低い。ということは、女性か子どもの手だろう。


 瞬時に思考を巡らせ、反射的に振り返ると、右頬に相手の指を押し込められた。よくあるイタズラだ。


「お久しぶり」


 指を押し込めたまま、最近知り合った彼女はそう言った。制服姿を見て新鮮味を覚えるとともに、本当にあのエリート私立学校の生徒なのかと、改めて感心した。


「お久しぶり。美空もこの時間なんだ」


 と言ったつもりだけれど、指の圧迫でもごもごした発音になっているのが自分でもわかった。


「うん。真幸、背中がぐったりしているけれど、どうかしたの?」


 美空は心配そうに、しかし年長女性のような母性をはらんだ笑みで僕に問いかけた。


 なぜだろう? やはり美空には女神のように洗練されたやさしさというか、上手く言い表せないけれどそういったものがあって、僕の病んだ感情はそれに癒される。


「きょうは色々と考えることがあってね」


「そうなんだ。どんなことを考えていたの?」


「えーと、自分の本当の価値を見出だすためには? っていうのを」


「うーん、なんだかすごいことを考えているのですね。あ、バスが来た」


 バスで話し込むのもどうかということで、僕は美空が利用している駐在所前停留所で途中下車。僕の家はここから一区間、徒歩5分だから問題ないけれど……。


 東海岸北五丁目交差点のコンビニ前。隣接するタバコ屋の自販機と郵便ポストが向かい合う、歩道上にある少し広いスペースの隅っこ。そこは立ち話をしても通行の邪魔にならず、美空はここで話を聞いてくれるという。


 夜にコンビニから漏れる蛍光灯の光を浴びながら同い年の女子と会話するという、いかにも青春らしいシチュエーションだ。


「ごめん美空、時間取らせちゃって」


 僕は自販機に500円硬貨を投入し、美空に好きなドリンクを選んでもらった。




 ナタデココだ。缶入りナタデココだ___。




 いまでも売っているのか。味は好みでも嫌いでもないけれど懐かしさから僕もそれを選び、レバーを下ろして釣銭を取り出した。


「ううん、真幸、困っているみたいだから。ナタデココいただいたし、この前は私がお話を聞いてもらったから、お互いさま」


「でも、創作の時間が……」


「ふふふ、それはそれ。困っているひとが助けを求めているのに自分の都合を優先なんて、私にはそんなことできないもの。では、いただきますね」


「どうぞ」


 確かに、自分が相談を受ける立場ならば僕もそうだし、友恵や三郎もよく同じことを言う。しかし相談をする立場としては、申し訳なさに支配されてムズムズするものだ。


 美空はタブを起こし、ごろごろグニュグニュした食感を愉しんでいるよう。僕もそれに続き、口中でナタデココを転がした。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 企画作品の執筆が思いのほか難航し、本日は休載を検討いたしましたがなんとか間に合いました!


 企画作品につきましては昨秋から書き始め何度も書き直しを繰り返しておりますが、ようやくお見せできる形になってまいりました。こちらは相手方と相談の後、準備出来次第公開予定です。

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