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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2006年9月

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32/307

背後から肩をたたいて指でほっぺをぷにっとするやつ

『4番線お下がりください。湘南ライナー7号小田原行きが、全車両2階建て10両編成で到着です』


 21時近く、4時間に及んだ塾から解放された私は藤沢駅の東海道線ホームで帰りの電車を待っていた。ラッシュアワーで、構内には気を付けないと肩がぶつかるほど多くの人々が行き交っている。駅員さんが注意しても何人かは黄色い線の外側を歩いていて危険だ。


 まもなく紫と銀色の湘南らしくちょっとお洒落な電車がゆっくり入線し、停車した。


 私の背後には東海道線ホームでひときわ存在感を放つオレンジと緑の数十年前に現役を退いた初代湘南電車を模した売店がある。これを藤沢駅のシンボルと呼んで差し支えない。


 到着した湘南ライナーは始発の東京駅から隣の大船駅まで座席定員制の有料列車として運転していたためか空いていて、私は白色の間接照明が照らす開放的で明るいデッキから階段を下って1階の客室に入り、まるごと空いていたボックス席に腰を下ろした。窓とホームがスレスレで、なかなか迫力のあるアングルだ。


 藤沢からの乗車でも料金がかかると思い込んでいるひとが多いのか、ホームに多くの客を残したままドアが閉まり、おかげで私はラッシュアワーにもかかわらずゆったりした空間を確保できた。


 電車が走り出すと今度は隣のレールが目の前に現れ、対向列車と擦れ違うとその足回りが目にも留まらぬ速さで過ぎてゆく。


 線路は片側一車線の道路と並行、沿道は住宅展示場やショッピングモール、大手PCショップなどが建ち並んでいて、夜でも明るい。


 さて、今夜はどんな物語をつくろうかな。


 茅ヶ崎駅に到着するまでの7分間は、多忙な私にとって創作のアイデアを練る貴重な空き時間。


 なのに___。


『まもなく、茅ヶ崎に到着いたします。今度の相模線は___』


 疲れ切って思考が停止してしまい、気が付けば茅ヶ崎駅に近い異人館踏切のカーブに差し掛かっていた。左手に水泳教室と赤茶色のマンション、右手に消灯された大手陶器メーカーの工場がある。


 きょうは素直ちゃんと話せて良い日だったのに、監獄じゅくに閉じ込められてからは頭が重たく、自分が何者なのかわからなくなると同時に、1日を無駄にしてしまった喪失感が思考と精神を支配している。


 いつものことだ。部活動に参加せず、学校の授業だけを受け後は自由時間ならば、創作のために机に向かう時間が大幅に増え、取材のためにお出かけもできる。


 親や勉学に支配される、なんて視野が狭くてつまらない日々だろう。


 何人かの乗客たちはわさわさと降りる仕度を始め、電車はホームへ入線した。私はドアが開いてから降車列の最後尾に付き、発車メロディーが流れ始めたころに湿気しけた外の空気を吸った。


 このとき私は、あぁ、ようやく帰ってこられたと、心の落ち着きを少し取り戻す。ふるさとにはそんな不思議な力がある。


 ホームの幅が藤沢駅の半分ほどしかない茅ヶ崎駅は前者より利用者が少ないものの客が渋滞し、数メートル先の階段に最初の一歩を踏み込むまで数十秒かかる。昔は駅など造ったところでタヌキくらいしか利用しないだろうと言われていたそうだけれど、少子高齢化など嘘かと思わせるくらい年々人口が増え、現在では市民の約半分が移住者なのだとか。言われてみれば幼いころと比べて住民や街を包む雰囲気が都会的になりつつあるような気はする。


 人混みに紛れコンコースから南口へ続く階段を下り、駅舎を出た。右手に自販機が二台、その後ろにはフェンスを隔てて線路があり、ちょうど下りの普通列車が停車したところだった。


 回れ左で目の前のバス乗り場へ進むと、乗車待機列の最後尾に見覚えのある姿があった。真幸だ。彼もまた疲れ切っているのか、背に覇気を感じられない。


 どう声をかけるべきか戸惑った私は、代わりに人差し指を突き出して真幸の右肩に手のひらを置いた。


 よっ、とか、おす! とか、普通にこんばんはでいいのかな?


「ん!?」


 見事、私の人差し指は真幸の頬をむにゅっと突き刺した。不意打ちに驚いた真幸は指を突き刺されたまま、まぬけな視線を私に向けている。


「お久しぶり」


「お久しぶり。美空もこの時間なんだ」


「うん。真幸、背中がぐったりしているけれど、どうかしたの?」


 この前は真幸が私の哀話あいわを聞いてくれたから、こんどは私の番。


 という義理もあるけれど、こんなあからさまに疲れている姿を見てしまったら、放っておけないのが人情。


「きょうは色々と考えることがあってね」


「そうなんだ。どんなことを考えていたの?」


 普段、馴れ合ったひとに対しては省エネモードの私だけれど、今回はコミュニケーションレベル向上の第1歩として、語尾を上げ、笑顔で真幸に問いかけてみた。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 本作は毎週月曜日を基本に最新話を投稿をしておりますが、来週は企画作品準備のためお休みさせていただきます。楽しみにしていただいております皆さまには大変恐縮でございますが、何卒ご了承のほどお願い申し上げます。

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