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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2013年1月

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美空、渋谷に出没

 歌でみんなを笑顔にしたいとか、なんとかかんとかそういった意識高いことは考えていない私はおはようライナーを降り、人混みの中を歩く。降りた駅も貨物列車用の線路上だからか離島になっており、ホームから改札口に至るまでそれなりに長い動く歩道が二つある。


 こう説明すれば、関東一都三県にお住まいの皆さまにはどこの駅かご理解いただけるであろう。


 かつてはメダカが棲む綺麗な小川があった谷の街、渋谷しぶやだ。この街の一角に私が所属する事務所がある。


 よくテレビに写る人混みのスクランブル交差点。行き交う人のほとんどはそのタイミングを察して互いにぶつからないように歩く。空を仰げばビルのビジョン。向こうにはギャル向けのファッションテナントがいくつも入る私鉄系のビルや坂がある。正に渓谷を開拓した都市だ。


 中高層ビルが乱立し、無数の人が行き交う決して治安が良い街とは言えない東京の中心部。お上りさんなら物怖じしたり圧倒されるかもしれないけれど、隣の神奈川県に住む私は幼いころから何度も来ているので特別な感情は抱かない。むしろ一部の地方都市のほうが怖いまである。


 そんな渋谷の少し原宿はらじゅく寄りにボッソリ建つ雑居ビルに、私が所属する事務所がある。ここは本部ではなく、私たちとそのマネージャーなどを収容、教育及び訓練を行うための支所。


 狭く古い、カビ臭いエレベーターに乗って4階に上がると、私たちLongtempsロンタンの詰所がある。階段は3階にマネージャーその他社員がいるので人見知りの私は使いたくない。対面は必要最低限にしたい。


 4階に上がり、横須賀のアニメショップばりに申し訳程度の廊下に降り立って質素なアルミの扉を開けると、長方形の折り畳みテーブルが1卓、パイプ椅子が3脚。そのうち2脚は平沼ひらぬま穂純ほずみちゃんと菖蒲沢しょうぶさわ麗華れいかが机に突っ伏して、すぴー、ぐぴーと大きな寝息を立てている。ハードスケジュールに心身とも限界だ。私も無言で突っ伏して眠りに堕ちた。


 どうせこの後はハードなレッスンか突拍子もない鬼企画が待ち受けている。通常、スケジュールは事前に知らされているものだけれど、またしても何も知らない星川美空。


 きのうはとってもキツかったね。きょうはも〜っと、キツくなるよね。はい、おやすみ。

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