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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2011年3月 東日本大震災とその後

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なんでもないようなことが

 目覚めたときにはもう、日が暮れていた。携帯電話は電池切れ、所定の位置に戻された壁掛け時計は8時5分を指している。


「おはよう、ちょっとお茶でもする?」


 ベッドに座った神楽が僕の目覚めに気付き、話しかけてきた。僕の視線視線の先はテーブルの脚と緑のジャージと黒い靴下を履いた神楽の脚。


「こんばんは、それじゃ、お言葉に甘えて」


 言って神楽はすーっと立ち上がって部屋を出た。まだ20時で、鉄道は復旧していなくてもバスを乗り継げば茅ヶ崎まで帰れなくもない時間だが、疲労感がまだどっぷり残っている。家族や家屋の無事は電話で確認したから、出発は明日にしたい。幸い、神楽は甘えさせてくれそうなので、素直に甘えたい。


 もうまぢ無理。体力も無理だけど、いろいろショック。


「お待たせ。きょうも泊まってく?」


「もし良ければ」


「うん」


 神楽は木の盆に二つの白いマグカップにティーバッグの紅茶、オレンジの正方形の箱に黄緑の英字が記された、僕もよく食べるビスケット菓子を運んできた。カロリーメイトでティータイムか。その発想はなかった。確かにスコーンみたいで紅茶によく合うと思う。


 なぜか男子はカロリーメイトはチョコかチーズというヤツが多いが、僕はフルーツが好きだ。


「いただきます」


「どうぞ。わたしもいただきます」


 まずは紅茶を一口。


「ふはああああああ……」


 心の声が漏れた。


「テレビつけていい?」


 僕が首肯すると、神楽はテーブルの隅に置いてあるリモコンを取って電源を入れた。きょうも報道特別番組だ。浜辺に万を超える遺体が打ち上がり、福島県では原子力発電所が爆発、CMは公共広告機構のもの。


 この辺りでは食料や燃料が不足しているそうだが、外からは爆音バイクの音が聞こえる。何か用があって目的地へ向かっているのかもと一瞬思ったが、ブンブンブンブンとやたら吹かしていることから、仮に用があったとしても意図的に燃料を無駄遣いしている。いずれ罰が当たるだろう。


「ああ、紅茶とカロリーメイトがめちゃくちゃ美味い。元々好物だけど」


「いままでなんでもなかったことに幸せを感じてる?」


「そうだね。前から頭ではわかってたけど、改めて日常の幸せを感じてる」


「奇遇だね、わたしも」


 僕はフッとニヒルに笑んだ。


 その後しばらく、無言で紅茶を含んだりカロリーメイトを噛った。

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