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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2011年3月 東日本大震災とその後

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272/307

時沢神楽の家

「さあ、入って」


「おじゃまします」


 神楽はどこか良いところのお嬢様と思っていたが、家は清川家より小さく、庭がない狭い土地だった。ごく一般的な平成時代の建売住宅だ。両隣にも多少デザインが異なるだけの似たような家屋がある。


 小さな玄関は物が少なく質素で、リビングやキッチンは棚が倒れたり、物が散乱している様子はなかった。唯一キッチンの単3電池式壁掛け時計が床に落ちていたが、故障はしていない。


 この地区では電気、水道、ガスは復旧しているようで、僕は神楽に促されてお風呂を借りた。ささっとシャワーだけ。シャンプーは神楽が使っているというスーパーリッチな某品を使ってと言われたのでお言葉に甘えた。女子から漂う香りのシャンプーだ。


 浴槽に水を貯めておいてほしいとのことだったので、僕はからだを洗いながら浴槽に水を貯め、満水にならなかったので、水栓のレバーを下げたまま浴室を出た。着替えがないのは仕方ない。ここまで来る道中、コンビニは営業していなかったので下着を買えなかった。


 僕と交代で神楽が入った。この間、僕は6畳ほどのリビングで萌黄色の洋風座布団に腰を下ろし、気まずい時間を過ごした。もし神楽の家族が帰ってきたらどうしよう。縦横1メートルほどの小さな木のテーブルに置かせてもらったペットボトルの緑茶をちびちび飲んだ。昨日地震発生前、お台場で買ったものが2百ミリリットルほど残っていた。


 おっと、また揺れた。


 震度3くらいの地震が昨夜から頻繁に発生している。その度に携帯電話や自治体の防災無線から緊急地震速報が鳴り、空襲警報を思わせる。


 今回の地震による被災状況は概ね理解した。敢えて詳しく語る気はないが、以前美空、友恵、三郎とともに旅の途中で通過した新地しんち駅、夕陽が綺麗なあの場所にも津波が押し寄せ、あのとき乗ったのと同じ車種の電車がくの字にひしゃげて横たわっていた。


 僕の記憶では、新地駅から海は見えなかった。


 水は貴重なので神楽もまた十数分で出てきた。僕と同じ香りがする。


「ごめん、ちょっと寝たい」


「僕はたっぷり寝たい」


 というのは言葉のままの意味で、極度の疲労とシャワーのリラックス効果で意識がいまにも飛びそう。


 僕は勉強机と3段の本棚に詰まった書物、ベッド、1枚の白い座布団と縦横50センチほどのグラステーブルがあるだけの、白を基調とした質素な部屋に通された。神楽の部屋だ。


 神楽はベッドで、僕は座布団を貸してもらって寝転び、無言の時間を過ごして意識が飛んだのは小一時間経ってからだった。

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