鎌倉清廉女学院
部活を、そろそろ部活を引退したい……。
始業式が終わり、午後からは部活動の時間。まるで古より聳えし宮殿のような薄暗い学舎。
そこでは将来の可能性を広げるべくバイオリンやバレエなどなど英才教育を受け育っている生徒たちが、更なる可能性を求め各々の部活動に勤しむべく、教室からそれぞれのフィールドへ散ってゆく。内装は洋館そのもので、昇降口には球体型シャンデリアやステンドグラスが設置されている。
この華やかな学院に通い約2年半。初めのころはその煌びやかさに胸をときめかせていたけれど、いまではすっかり身に馴染んでいる。
私、星川美空は鎌倉清廉女学院中等部、ボランティア部の長であり設立者。
当学院は私立。人間力、知力とも、求められるレベルは公立学校より高い。故に、部活動も厳しい。運動部、文化部、どれも大変ハードで、省エネモードでの活動は限りなく不可能に近い。更に、部活動に参加しないと内申点がいくらか貰えない。
そこで私は考えた。
そうだ、ラクな部を創ってしまおう。
ボランティア部なら街や由比ヶ浜海岸のゴミ拾いほか、何かに困っている人を助けながら学校近辺を歩いて世間に好印象を与え、それが済んだら近くのカフェで少しくつろぎ、夕方からの塾に備えようと。
しかし部の創立にはメンバーが5人必要。そこで、穂純ちゃんと、脱力的な生徒3人に声をかけ、あっさり学校の許可を得た。
それが、悪夢の始まりだった___。
いざボランティア部を始動させてみたら、主な内容は用紙や音響機器といった資材運びや他部の助っ人。水泳、ソフトボール、陸上競技、合唱、軽音楽、ダンスその他あれやこれやとこき使われる日々。
特に陸上競技。100メートル17秒という我が校の陸上競技部員としては恥さらしのタイムを叩き出したうえ、砲丸投げで球を自らの足の甲に落としたときの激痛は1年経った現在でも忘れられない。骨折しなくて本当に良かった。
道理であっさり承認したわけだ、汚らわしい大人どもめ。最高にホワイトな部を創ったつもりが、自ら暗黒へと堕ちてしまった。穂純ちゃんに対しては罪悪感が募り、他3名は幽霊部員と化した。
醜い者どもに天罰が下る日を心待ちにしつつ、私は軽音楽部とダンス部に提供する楽曲の制作に励むため、トボトボと部室へ足を運ぶ。サボりたいところだけれど、部室で穂純ちゃんを待たせてしまっているし、あともう一人___。
「美空センパーイ!」
あぁ、君よ、なぜ君はそんなに元気なのか……。
「ごきげんよう」
「うぃーす! 相変わらず元気ないっすねえ!」
「もうそろそろ部活を引退できないかと、悩ましい日々を送っている故」
「なに言ってんすか! 軽音部とダンス部に文化祭の楽曲提供しなきゃだし、センパイだってステージに立たなきゃいけないんだから! そもそもうちの部は大会がないから卒業まで引退できないっすよ!」
そう、これは大誤算。なんて部を創ってしまったのだろう。
廊下で背後から駆け寄ってきたのはボランティア部で唯一の後輩、2年生の石上撫子。ショートヘアで活発な彼女はボランティアで社会貢献をしたいと、熱意を持って入部してきた純粋な部員。撫子といえば私のなかではおしとやかなイメージがあるけれど、彼女についてはノーコメントとしておこう。ボランティア部は撫子ちゃん、穂純ちゃん、私、そして顧問の実質3名で構成されている。
「あら星川さん、ごきげんよう」
くっ、大手鉄道会社のご令嬢のお出ましか。藤沢在住のくせにすぐ近くの葉山に別荘を持つ生意気な家庭の育ちだ。
「ごきげんよう!」
ごきげんなどまったくよろしくないけれど、擦れ違いざまに声を掛けてきたクラスメイトに嘘で塗り固めたとびきりの笑顔を向ける。
「3年次の2学期に入っても雑よ……、いえ、ボランティアに励まれるなんて、大変素晴らしいお心構えですこと。けれど怠惰を目的に設立した部に入り浸るお時間がございましたら、本分である学問に励み時間を有効活用するもよろしくてよ?」
雑用と言ったか。この女、雑用と言ったか。事実だけに余計腹立つ……。
しかも、大会がない故に卒業まで活動期間満了にならないシステムを知っての嫌味までぶつけてくるとは。
女の名は菖蒲麗華。腰のあたりまで伸びた艶やかなロングパーマがトレードマークの吹奏楽部‘元’部長。
「あら、お気遣いありがとうございます。おっしゃる通り、学問も疎かにしてはなりませんが、部活動もまた、大人になった際、この青春の日々に得たものを思い出し、役立てるための重要なツールと考えております故、両立させていただいておりますの。菖蒲沢さんもご引退などなさらず、続けられてみてはいかがでしょうか? 菖蒲沢さんの奏でるトランペット、とても素敵でしたのにもう聴けないなんて、とても残念です。ほんと、残念」
と、私たち雑用部、否、ボランティア部を蔑視する菖蒲沢さんに念押し気味に言ってみた。
それが胸にグサリ刺さったのか、彼女は刹那、表情を曇らせた。
ざまみろ。言われたら言い返す、3倍返しだ。
「わたくしは引き際も肝心と存じます故、進学準備もございますし、夏休み一杯で身を引かせてさせていただきましたの」
そう、彼女は全国大会を目指し1年生のころから日々奮闘していた。しかし周囲に厳しく、弱き者を完膚なきまでに叩きのめす性格が祟ったのか、部員同士の息は合わず、湘南大会の予選敗退。県大会にも及ばなかった。
と、実際に茅ヶ崎市内のホールで開かれた大会へ足を運び演奏を聴いた私は思った。
「けれど星川さん? 貴女に私の心情がおわかりでいらっしゃいますかしら? 目標へ向けてひた向きに鍛錬を重ね、満を持して大会に挑み、それでも力及ばなかったこの無念が。
先ほど貴女は‘部活動もまた、大人になった際、この青春の日々に得たものを思い出し、役立てるための重要なツール’とおっしゃいましたわね。
えぇ、その通りです。
ですので、もし貴女が惜敗や何かが叶わなかった無念、夢中で打ち込み、尽くしたものに拒絶された失意や喪失感、得ていぬ故に生じる寂寞や痛みといった負の感情をご存知でないとすれば、その点で私は貴女より絶対的に上位であり、故にそのご助言は釈迦に説法。無礼もほどほどになさい」
女は最大級の侮蔑を目で語り、眼力の鎖で私を緊縛し、解かない。
「さようでございますか。それは大変失礼いたしました」
そう言って、何も感じなったように鎖を千切ってその場を去るしか、私にはできなかった。
明けましておめでとうございます!
本年も『名もなき創作家たちの恋』をよろしくお願いいたしますm(__)m
新年一発目、私立学校らしい(?)シビアなお話になりました。
麗華の言葉に、美空は何を思うのか……。
一方、作者は元日早々、鎌倉で高校の同級生たちとオールナイト。なかなか高いお肉やら高いパンケーキやらを食らっていました。いやはや湘南は物価が高い……!




