僕より気持ち悪いヤツがいるなんて
「やあ、僕らのこと知ってる?」
時沢神楽と知り合った翌日、僕は渋谷駅近くのアニメショップに立ち寄り、新刊コーナーを眺めていた。そこで話しかけてきたのは、見知らぬオタクっぽいガリ細野郎二人組。一人は眼鏡をかけていて、もう一人は裸眼。
「いえ」
「そうかあ、そうだよね、僕ら、清川真幸氏のファンなんだ」
「そそうですっ、ふっ、ファンなんででっすっ」
「え?」
なんのことやら。僕のファンなんているのか?
「僕ら、清川真幸氏のアニメを見て、特に『君といっしょに』は傑作でした!」
「あ、そうなんですか、ありがとうございます」
店内ということもあり、僕は声控えめに礼を言った。
なるほど、アニメは動画サイトで公開しているので誰でも見られる。スタッフロールに名を記しているから知らないこともない? いや、なんで面識のない僕を知っているんだ? 時沢神楽といいなんだか怪しいぞ。
「そそそそれでですね、良かったら、アニメの制作秘話なんかを聞かせてもらいたくて、良かったらこれから、マックあたりでいかがかと」
「ほほほんとにっ、ゆゆ夢のようですっ、あの清川真幸氏に生でお目にかかれるなんてっ。大学では話しかけられないでいたけど、勇気を出して良かった!」
同じ大学なのね。なんとなくそんな気はしてたけど。なら湘南海岸学院の卒業生づてに僕の名を知っていても不自然ではないか。
断るのが苦手な僕は彼らに圧されてマックへ行ったが、奢ってくれはせず普通にアイスコーヒーの代金を払った。
窓側ではない内側の四人席に座り、僕が奥のソファー席へ通された。
「いやあ、あの清川真幸氏に話しかけられるくらいの度胸がついてきたとは、僕らも成長しましたな」
「どどどどドモリだったからねっ、僕ら、いやあしかし素晴らしい! きょうという運命的な日を神に感謝!」
こんな調子で二人で勝手に盛り上がり、僕は帰りたい想いが加速するばかり。珍しいことに不審者の僕より気持ち悪いぞコイツら。
「ところで清川真幸氏は、神様って信じてるかい?」
そうは思っていたが、やっぱりか。
「ああ、どうでしょうね」
「じじじ実は僕ら、こういうのをやってて」
案の定だ。眼鏡をかけてない、ノン眼鏡野郎が差し出してきたのは、とある宗教団体の新聞。
「大丈夫、僕らは真面目な宗教だから事件を起こしたりしないし、年間たった1万円で永遠の幸福を手に入れられるんだ」
「そうそう、宗教っていうと、事件を起こしたり、高い壺を買わされたりとかそんなイメージがあると思うけど、僕らはそんなことないから」
ソファー席に座ってしまったのがまずかった。逃げ場がない。両サイドの席にも客がいる。
「そうだよ、そんなこと一切ない。むしろ若い人もいっぱいいるから、ここで知り合って結婚する人も多いッ! 合宿では全国の仲間と知り合えるからねッ」
いや、そういうの結構です。
心の中では言えても、言葉には出せないのが僕。
ついでにいえば僕、いじめられたり家庭環境が荒れていたりと修験者の道を歩んできたので齢19にして悟りを開いている。今更宗教に頼る必要がない。
そのような者でも洗脳しようと襲来するのがコイツらなのだろうけれど。
「あーっ! 今朝電車で痴漢してきた人!」
僕らが座るボックス席を指差して大声を出したのは、時沢神楽。なんだ、信者のどっちかが痴漢したのか? けしからん、僕だって友恵以外にはうっかり接触したフリしてわざとなんてことはないのに。




