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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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255/307

石神下の信号で

 瑠璃、澄香のほかに身近な声優といえば長沼さんだが、仮に彼女が引き受けてくれたとしたら、ギャラはとんでもない額だろう。


 となると一人二役か、ほかの誰かを探すか。


 ドンッ!


「んん!?」


 痛い! 鼻と額を思いっきり打った!


 まもなく一番星がきらめくころ、考え事をしながら一中通りを歩いていたら、電柱にぶつかった。古風なアニメでいえば頭上に星がくるくるするやつだ。しかも家から最寄りの交差点を通り過ぎ、石神下いしがみしたバス停の前にあるコンビニ脇の歩行者信号用押しボタンがある電柱にぶつかった。歩きながら意識飛んでるじゃないか。ああんもうボクのばかばか。


 脳天へと貫いてゆく悶々とした痛み。脳細胞が大量死したかもしれない。


 ああ痛い、痛すぎる。


 あまりの痛みに目も開けられずその場で立ち尽くしていると、前方から誰かが近寄ってきた。通行人はいつも通り冷たい目で僕を一瞥して去り行くけれど、中には心配してくれる親切な人でもいるのだろうか。


 しかし正面から来た人は、僕の前に立ったまま何も言わない。ただ黙って見ているだけだ。もしかして口が不自由で喋るのが困難な人だろうか。それとも弱った獲物を前に仕留めようと頃合いを見計らっているのだろうか。


 と推測しつつようやく開眼したら、そこにいたのは美空だった。鎌倉清廉女学院の深緑の制服を着ている。


「何か考え事?」


 僕の事故を大して心配する様子もなく、美空が言った。


「うん、重大な考え事」


「糖分は足りてる?」


「足りてるかもしれないし、足りてないかもしれない」


「こういうときに行くべき場所を、私たちは知っているはず」


「どこ?」


「さあ、どこでしょう」


 ということで、僕は美空に連れられ、来た道を戻った。行き着いた先は、甘味処『富士』。久しぶりだな。


「いらっしゃいませー!」


「あ、杏子ちゃん……!」


「お久しぶりです! えーと……」


「名乗るほどでもないただの客です」


「清川真幸さん!」


 お、覚えててくれたあ!!


「杏子ちゃん、初めて会ったときは5歳だったから、もう小学生二年生?」


「はい! 東小とうしょう2年3組です!」


「2年3組! 僕も2年3組だったよ!」


 東小、東海岸小学校の略称。加山雄三が校歌を作曲。リゾートシティー湘南、茅ヶ崎の一等地に建つ東小と一中を卒業すれば、義務教育の公立校なのにそれだけでブランド学歴となる。僕もブランド持ちの一人。しかし特に進学や就職が有利にはならない。


「え、清川さんもですか……」


 え、なになに、杏子ちゃんのテンションが急降下した。キラキラした眼差しが一瞬で仄暗くなった。僕と同じクラスになったの、そんなにイヤ?


「あんみつを、お願いします」


 気まずいのでとりあえず注文。


「私はお汁粉をお願いします」


「かしこまりました! お汁粉が一つと、あんみつが百個ですね!」


「百個!?」


 そういえば初めて会ったときもこんな応酬あったな!


「ふふっ、冗談です」


 は~あ、かわゆい杏子たん……。ブヒヒヒヒヒヒ……。


 ブヒブヒする僕を美空は無表情で受け流し、窓の外に目を遣っていた。

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