スカウトの後で
「いけません、いけませんわ」
「何がいけないの?」
花壇のコスモスが秋を彩る中庭。校長室から釈放され娑婆に出た私たち三人は、とりあえずベンチに腰かけた。胸を昂らせているセンター、菖蒲沢麗香にライトの穂純ちゃんが問うた。
「ぬか喜びをしてはならなくてよ。こういったときは、冷静に、努めて冷静に、的確な判断をしなければ」
「疑わしいときは慌てず?」
私はどこかで聞き齧った鉄道会社の綱領を述べた。
「それは、父の会社の綱領ではありませんが、そういうことですわ。最も安全と認められるみちを採るべきなのでしょうが、人生は冒険。リスクを伴うチャレンジも必要なときがありますの。それに、スカウトされたのは私のみではなく三人。貴女方の意思も聞かなければなりません」
「わ、私は、突然のことで、即断はできない、かな。私は漫画家志望で、漫画を描きたい気持ちもあって、でも、この前、ステージに立って、脚が震えたけど、思いっきり歌ってみたら爽やかで気持ちよくて、あの感覚は、また味わいたい、かも」
と、穂純ちゃん。
「さようでございますわ平沼さん。私も、歌声を響かせて、お客様にお喜びいただけて、それが堪らなく幸せでして。次こそは……」
中学時代、ブラスバンドで独り突っ走り、他のメンバーを置いてけぼりにした結果挫折した菖蒲沢麗香。歌唱は私たちの声が彼女と相性良く、チャンスが巡ってきた。菖蒲沢麗香にとっては、人生の一大事だ。
「私は絵本作家を目指しているけれど、それはフリーランスだから、歌手と二足のわらじで行けるなら、生計は少し安全になる可能性があるし、どちらも売れなくてニューヨークのスラム街でゾンビになる可能性もあると思う」
私は率直な想いを述べた。
「渡米するお金があるならそれを生活資金に回しなさいな。でも、そうですわね。歌手は水物商売。売れなければそれでおしまい。けれど、私は挑みたいのです」
菖蒲沢麗香の果敢な姿勢は尊敬に値すると同時に、経済的に恵まれていて不安が少ないのかなとも思う。
他方私は、もし音楽がそこそこ売れたら、名前も売れて、絵本を売り出しやすくなるのではと思った。絵本を描く時間がなかったり、事務所との契約で音楽以外の活動を禁止されるリスクも考えた。結論を出すには、いくらか時間がほしい。




