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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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スカウトの後で

「いけません、いけませんわ」


「何がいけないの?」


 花壇のコスモスが秋を彩る中庭。校長室から釈放され娑婆しゃばに出た私たち三人は、とりあえずベンチに腰かけた。胸を昂らせているセンター、菖蒲沢麗香にライトの穂純ちゃんが問うた。


「ぬか喜びをしてはならなくてよ。こういったときは、冷静に、努めて冷静に、的確な判断をしなければ」


「疑わしいときは慌てず?」


 私はどこかで聞き齧った鉄道会社の綱領を述べた。


「それは、父の会社の綱領ではありませんが、そういうことですわ。最も安全と認められるみちを採るべきなのでしょうが、人生は冒険。リスクを伴うチャレンジも必要なときがありますの。それに、スカウトされたのはわたくしのみではなく三人。貴女方の意思も聞かなければなりません」


「わ、私は、突然のことで、即断はできない、かな。私は漫画家志望で、漫画を描きたい気持ちもあって、でも、この前、ステージに立って、脚が震えたけど、思いっきり歌ってみたら爽やかで気持ちよくて、あの感覚は、また味わいたい、かも」


 と、穂純ちゃん。


「さようでございますわ平沼さん。私も、歌声を響かせて、お客様にお喜びいただけて、それが堪らなく幸せでして。次こそは……」


 中学時代、ブラスバンドで独り突っ走り、他のメンバーを置いてけぼりにした結果挫折した菖蒲沢麗香。歌唱は私たちの声が彼女と相性良く、チャンスが巡ってきた。菖蒲沢麗香にとっては、人生の一大事だ。


「私は絵本作家を目指しているけれど、それはフリーランスだから、歌手と二足のわらじで行けるなら、生計は少し安全になる可能性があるし、どちらも売れなくてニューヨークのスラム街でゾンビになる可能性もあると思う」


 私は率直な想いを述べた。


「渡米するお金があるならそれを生活資金に回しなさいな。でも、そうですわね。歌手は水物商売。売れなければそれでおしまい。けれど、私は挑みたいのです」


 菖蒲沢麗香の果敢な姿勢は尊敬に値すると同時に、経済的に恵まれていて不安が少ないのかなとも思う。


 他方私は、もし音楽がそこそこ売れたら、名前も売れて、絵本を売り出しやすくなるのではと思った。絵本を描く時間がなかったり、事務所との契約で音楽以外の活動を禁止されるリスクも考えた。結論を出すには、いくらか時間がほしい。

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