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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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犬の塩漬け

 で、なぜか私は、路線バスの二人用座席に掛けている。謎のお姉さんが窓側、私が通路側。


「誘拐だね、でも、逃げたかったらいつでも逃げていいよ。後を追ったりしないから。ほら、もうすぐ次のバス停だよ?」


「いいです。誘拐でもなんでも。どうせ私がしようとしたこと、わかってるんですよね。児童相談所にでも行くんですか? なら私はすぐにバスを降りて、さっきいた場所に引き返します。けど追ってこないでください。あ、それとも人身売買ですか? それはそれでイヤなので、やっぱり引き返します。あ、それとも宗教ですか? 私無神論者なので……」


「ああはいはい、児相に行くわけでも人身売買でも宗教でもありません。苦労してそうだから甘い蜜を吸わせてあげようと思っただけのアラサーお姉さんですよ」


「甘い密? 見ず知らずの未成年に? やっぱりなんだか怪しい臭いが。私はどうせ消えるだけですけど」


「降りたければ降りれば? バスも、人生も」


 言って彼女は、また満面の笑みを浮かべ、私を恐怖で縛り、身動きを取れなくした。もしかしてこの人は、快楽殺人鬼だろうか。



 ◇◇◇



「はーいどうぞこちらへ」


 私が連れて来られたのは、駅前の路地にひっそりある小さな酒場。この路地は何度も通っているけれど、店の存在には気付かなかった。店内は薄暗く、カウンター席が五人分、テーブル席も五卓ある。


 なんというか、いかがわしい店ではないけれど、絶対に未成年が来るようなところではない。


「なんだい、こんな嬢ちゃん連れて」


 カウンターに立つ、白髪ポニーテール、髭の濃い仙人みたいなお爺さん。この店のマスターだろう。


「労働力だよ。タダ働きでいいって」


「え?」


 なんの話? 労働力? タダ働き?


「いいから座って」


 私は促されるまま、店の手前側、端のカウンター席に座った。カウンター後ろの棚に有名人のサイン、私の目の前には英字のラベルが貼られた酒瓶がぎっしり並んでいる。


「そうかい、じゃあお礼にソルティードッグでもどうだい?」


「え?」


 ソルティードッグ? 犬の塩漬け?


 いけないことって、もしかしてこの店、犬とか猫をさらって料理にしてるの?


 お姉さんは私も共犯者になっちゃおうって言ってたけど、私が共犯者になっちゃうの?


 いくら消える身とはいえ、動物虐待には手を貸したくない。これはやっぱり、里山に引き返すしかない。


「はい、ウォッカは入れてないから」


 と、仙人は私の前に背の低いグラスに入った氷入りの飲み物を置いた。色はグレープフルーツジュースかレモンスカッシュのような白濁。グラスの縁には何らかの顆粒が全周にわたってびっしり付着している。毒物? これで私は、楽になれるの?


「飲んでみな、美味しいよ」


 カウンターに回り込んだお姉さんが、私を促す。


 これで、楽になれる。こんな小洒落た酒場で最期を迎えるなんて、映画みたい。


 グラスを両手で掴んだ私は目を閉じて、ぐいっと体内に流し込んだ。


 んんん!?


「ゲホッ、グフングフンッ」


 飲んだ途端、咳が止まらない。

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