心の在り処
机に突っ伏して一眠りし、まもなく上映時間。僕ら制作陣は講堂へ向かった。
「わお、お客さんいっぱい来てるじゃん。やったね!」
友恵が眠気と緊張入り乱れる僕にウインクした。
「うん、テイストがガラッと変わったから不安だけどね」
「届けたい人の心に届けばいいよ!」
「うん」
講堂の重たい防音扉2枚を両手で開くと、暗がりの中に並べられたパイプ椅子はほぼ満席。立ち見客もいる。
昨年までアニメは軽音楽部や吹奏楽部、ブラスバンド部、合唱部の合間のオマケに過ぎなかったが、湘南海岸学院のアニメ制作部はクオリティーが高いと評判を呼び、集客につながったのだろう。
『本日は、湘南海岸学院学園祭にお越しいただき、ありがとうございます。まもなく、アニメ制作部作品、『心の在り処』の上映を開始いたします。鑑賞されるお客さまは、このまま講堂でお待ちください』
第1放送部の女子生徒による案内放送が入った。僕ら制作陣は、観客たちの背を見ながら、最後部の壁に身を寄せて上映を見守る。
真っ黒だったプロジェクターのスクリーンが白く染まり、携帯電話の電源をお切りくださいなどの表示が出る。マナーを守ってこそ実現する快適な鑑賞と、いきなり本編に入ると心構えができないだろうと配慮したもの。それが無音で30秒流れた。
さて、いよいよ、封切りだ。
◇◇◇
カーテンを閉めきった薄暗い部屋。鳴り響くけたたましいアラーム。
新しい朝が来た。絶望の朝。
カーテンを明けて差し込むまばゆい光は、私の心を癒さない。
きょうは、休日なのに。明後日まで、学校に行かなくていいのに。
筆安洋子、中学二年、14歳。私は、学校でいじめられている。
9月下旬、中学生活は、ようやく半分を越えた。あと一年半もこの生活を続けるくらいなら、死んだほうがいい。
ベッドの脇、充電器を差したケータイを開いた。私はいわゆるケータイ小説を書いていて、昨夜続話を投稿した作品のアクセス数をチェックする。
ゼロだ。
私の作品は、誰にも必要とされていない。命綱である小説にさえ需要がないすなわち、私がこの世に存在する意味は皆無。
あぁ、もう、何もかもいやだ。
朝食はスクランブルエッグでさえ喉を通らない。小学校低学年のころからネグレクトをしてくる両親は一応、私を心配してくれている。
リビングでただぼんやりとテレビを見て午後2時を過ぎたところで、私はふと、白いポシェットを肩に掛け外に出た。バス停の前を通りかかったとき、たまたま来たバスに乗り込んだ。
このまま二度と帰らなければ、もう学校へ行かなくて済む。
そんなことを思い、街から田畑へ移ろう車窓を眺めていた。




