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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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奥底に宿す魂

「はぁっ、だめだ、何度やってもしっくり来ない……」


「そうかなぁ、私にはちゃんと見晴になってるように聞こえるけど。清川くんはどう?」


 ブースからマイク越しに意見を求める瑠璃。


「うーん、大丈夫だとは思うけど……。絵と合わせて見ても問題ないように聞こえるし……。問題があるとしたら台詞かな? 台詞自体が不自然だと演技にも違和感が出る」


 澄香は何が納得できないんだ? 数十センチ間隔を開けて座る長沼さんに助けを求めたいけれど、敢えて目配せはしない。まずは自分で考えたい。

 

 ……だめだわからない。台詞だからいくらかの演技っぽさはあるけど、それは実写作品だってそうだ。困ったなぁ。


「真幸くん、いまキャラクターひとりつくってくれる? 作中に出すんじゃなくて、ここで演じるだけの、私とは違う性格のキャラクター。あとシーンも」


「え?」


 淡々と、長沼さんの急なオーダー。


「いいから」


「はい。じゃあ、17歳、金髪ツインテール、ツンデレが、波打ち際で、べ、別に、アンタのことなんか、全然好きじゃないんだからね!? っていうシーンでいかがでしょう」


「オッケー。じゃあちょっと、ブース借りていい? 真幸くんもいっしょに来て」


「あ、はい」


 と返事して、澄香、瑠璃とアフレコブースを入れ替わった。さっそく芝居開始。


「べ、別に、アンタのことなんか、全然好きじゃないんだからねっ」


 おお、なんかほんとうにツンデレというか、素直に気持ちを伝えられない感じを含んでいるみたいな芝居だ。思わず胸がドクンとした。上手く言葉に表せないが、言葉に脂が乗っている、という感じだ。


 長沼さんが僕に目配せをして、アドリブを促す。えーと、ここは波打ち際だから……。


「え、なんだって?」


 ほんとうは聞き取れているけど、波音に声を掻き消され、聞こえなかったフリをするという設定。


 あ、こういうときって、わざとらしく声を抑揚させるんじゃなくて、ほんとうに聞こえていないフリをするよなと、僕は気付いた。


「な、なんでもない、なんでもないからっ!」


 という長沼さんの即興芝居は、ほんとうは相手に気持ちが伝わっているのをわかっているから言いたくない、という意図と、『好きじゃない』なんて嘘をつきたくない金髪ツインテールの気持ちが絶妙に絡んでいる。


 そしてもうひとつ感じたのは、これは普段他者には見せない、もしかしたら誰にも見せないかもしれない、長沼真央という人物の素顔だ。


 うわあ、役者って、恥ずかしいな!


 僕は自分のことじゃないのに、思わず頬を紅潮させた。


 その意味ではシナリオライターもそうだけれど、字面で表すより声で伝えるほうが僕は恥ずかしい。


「どう? 澄香ちゃん、何か掴めたかな」


 マイクで伝えて、後ろの防音ガラスの向こうに振り向く長沼さん。長沼さんはヘッドホンを外して、アフレコブースから出た。僕もそれに

続いた。


「あ、はい……」


 長沼さんの演技に、澄香は圧倒されている。


「えーと、その、えっ、演技は、キャラクターを演じながら、奥底に自分の魂を宿す、ということ、でしょうか」


「上手いこというね、澄香ちゃん」


 ちょこん、きょとんと座る澄香を舐めるように、長沼さんは前屈みで見つめる。


 その構図を見ている瑠璃は、何かそそられているご様子。なんだろう、この女の花園みたいな感じ。


「私もね、演技に行き詰まったときがあって、そのときにね、脚本家さんがアドバイスしてくれたの。そしたら、それまでの自分の演技からひとつ脱皮できて、一段階成長できた気がしたんだ」


「そう、なんですか」


 順風満帆に見える大人気声優、長沼真央も、その実は苦労の連続だろう。この先、長沼真央という役者がスターで在り続けるとしたら、それはやはり、苦労の連続だろう。その代わりに得るのが栄光だ。


 泥の形を整えては失敗して、作り直し。それを繰り返して、上薬を塗らなくても光る陶芸作品をつくる。それがスターなのでは。つまりそれは、簡単に壊れるものでもある。


 輝くって、そういうことか。


 そしたら僕は、泥を厚めにして固めていきたいな。


 長沼さんと澄香の応酬を横目に、僕はそんなことを考えていた。

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