アフレコとレイアウトバック
烏山澄香、声優志望の高校3年生。
ただいま防音ガラス越しに、清川真幸と、な、なんと、あの、あの! 大人気声優の! 長沼真央さんに見られながらアフレコ中!
なんで、なんで清川のヤツ、自分は大した実力も実績もないくせに凄い人たちとつながってるかなあ! なんなのかなぁあの変態は!
私、変じゃないかな、台本の持ち方とか、靴とか。靴は上靴だけど、一般的にアフレコ現場では足音や装飾品の音が入り込まないように靴はスニーカー、アクセサリーは着用しない。そういうのはちゃんと守ってきた。
『はい、それでは本番始めまーす。画面に3、2、1とカウントダウンされますので、それに合わせて呼吸を整えてください』
清川が予告するとカウントダウンが始まり、まだモノクロのキャラクターが紙芝居的に流れる。つまり、まだ動画になっていない。動画にはなっていないけど、原画から総作画監督の星川さんの修正が入って戻ってきたもの(レイアウトバック)なので、綺麗な作画に統一されている。酷いときは清川が描いた白目を剥いて死にかけたひょっとこみたいな画に真面目な台詞を当てるときもある。あれは殺意しか芽生えない。どうしたらあんな画が描けるのか。
けど、プロの現場ではひょっとこにもなっていないような画のまま声を当てるときもあるらしい。
ひょっとことか、わけのわからない画でのアフレコはつまり、キャラクターの命が声から宿ってゆく。だから、役者としてはそれが大変な面であり、やりがいある腕の見せどころでもある、私はそう思う。素人ながらに。
瑠璃ちゃんと並んで、一つの画面を見る。マイクは2台あるけど、モニターは32インチのが一台だけ。
私演じる見晴が、晴れた里山の新緑の下を歩くシーン。
前作『君といっしょに』は茅ヶ崎の海岸を舞台にした底抜けに明るい作品なのに対し、今作『心の在り処』は市内の里山地区から始まるガールミーツガールの文学作品。
清川曰く、『森ガール』というワードから着想を得たらしい。森ガールは六本木の屋上庭園でも表参道の街路樹の横でもなく、本物の森を歩いてこその森ガールだろうと。
ナレーションシーンが入る。
生い茂る木々から漏れる陽光を見上げる見晴。
「私は、人生の道に迷った。ついでに、いま実際に道に迷っている。「ここは、どこ?」誰もいない、森の中に聞こえるのは、ウグイスのホーホケキョ。ほんと、見事にホーホケキョって鳴くんだ」
『はいカット。オッケーでーす』
清川の合図により、流れていた画が止まった。
オッケーとは言ったけど……。
「なんか、しっくりこなかったんだけど」
と、自ら申告。演技中、私の魂は見晴になっていた。なのに、なんだか納得いかない。見晴にはなっていたのに。
『うーん……』
腕を組んで俯く清川。こういうときは真剣だ。
お読みいただき誠にありがとうございます。
来週はワクチンの副反応が見込まれるため、お休みさせていただきます。




