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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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224/307

咲見凛奈と熱海と僕と 2

 道路沿いはリゾートホテルが建ち並び、ちょっとしたハワイのよう。道路の向こう側には歩道にはヤシの木が数本立っている。


「あ、しまった」


 横断歩道を渡って、僕らは熱海の代表的な海岸、熱海サンビーチに降り立った。砂が白くさらさらしていて比較的粗い。


「どしたの?」


「夏のビーチは、リア充の巣窟でした」


「ああ」


 白い砂浜、そこそこ透き通った海、それは良いがパラソルがぎっしり。これはいただけない。茅ヶ崎でだって砂浜ピクニックしたの小学校低学年くらいが最後なのに、この領域は僕には厳しい。


「でも、砂がさらさらしてて、靴越しでも踏んでて気持ちいい」


「ふふーん、でしょ? 熱海のビーチは砂が気持ちいいんだ」


 胸を張って得意気な凛奈。リア充の巣窟である点はいただけないものの、せっかく来た熱海のビーチ。じばしの間、茅ヶ崎では味わえない感触を楽しんだ。


「……」


「どうした凛奈」


 いくらか歩いた僕らは、ランチのため近所のイタリアンレストランに入った。涼しい。


「清川くんが熱海にいる」


「熱海は、たまに来るよ」


「うん、前も言ってたよね。だけど、なんかこう、不思議っていうか」


「ああ、わかる気がする。地元に地元以外の知り合いが来てるの。SNSのフォロワーさんが江ノ島観光してる写真なんか見ると、不思議な気分になる」


 昔ながらの細長い緑のビンに入ったジンジャーエールをワイングラスに注ぎ、気持ち上品にスッと飲んだ。凛奈は円筒グラスに入ったストローでローズヒップハニーティーを吸い上げている。添えられたハイビスカスの花がお洒落だ。


「そう、その感じ。普段の行動範囲内、よく行くお店に、ましてや清川くんがいるなんて」


「ましてや?」


「いや、清川くんが来るようなお店じゃないし」


「一人だったら入りにくいけど、こういうお店は好きだよ」


「メイドカフェとかじゃなくて?」


「メイドカフェは、行ってみたい気はするけど、行ったことないんだなぁ」


「へぇ、でも男子でイタリアンレストランが好きなんて、珍しい」


「雰囲気がなんだか落ち着くんだ」


「そうなんだ、意外と女の子っぽいっていうか、お洒落なんだね。ド変態なのに」


 どうして僕にはどいつもこいつもオブラートに包んだ言い方をしてこないのか。それは僕が僕だからだ。しかし、こういう意味で女の子っぽいと言われても僕は傷つかない。むしろ肯定的に捉える。逆に野郎とか坊主とか言われるとかなり癪に障る。僕はそういうタイプの男ではない。


「変態紳士というやつですよ。まあでも、そうだな、僕に男友だちが三郎しかいないのも、そういう感性だからなんだよな。三郎も心は乙女だし」


「男子とは気が合わないの?」


「いわゆる野郎とか坊主とかいう類のとはね」


「ふうん、人は色々だね」


「そう、色々だよ。一緒くたにされたくはない」


 このタイミングでマルゲリータが運ばれてきて、会話が一旦途切れた。僕らは運んできた店員の若い女性に「ありがとうございます」と言って、チーズとろとろトマトが甘いピザを頬張った。美味しい、幸せを感じる瞬間だ。


「そういえば、熱海って温泉街のイメージがあるけど、けっこうお洒落なお店が多いんだね」


 このレストランもそうだが、ここに来るまでの間、若者ウケしそうなお洒落かき氷の店、サンドイッチの店、南国風のカフェなどを見かけた。


「そう、そうなの! 温泉地っていうと、昔ながらのおまんじゅう屋さんとかお土産さんのイメージがあると思うけど、若者向けのお店も多いんだよ! あんまり知られていないかもだけど、来てもらいやすい街になったらいいな、市の財政厳しいし……」


 最後にボソッと闇が垣間見えたけれど、熱海が時代の流れに沿って進化しているのが知れ渡れば、きっと懐事情も徐々に回復してゆくだろう。


「ところで清川くん、せっかく熱海に来たんだから、温泉入ってかない?」


「え、高そう、入浴料」


「それがそうでもないんだなぁ」


 ということで、せっかくなので温泉に浸かってゆくことにした。

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