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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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わたしの課題

 大広間の隅っこで高級弁当をつつきながら、祖母が焼き上がるのを待つ。


 私と父はほぼ部外者。親族たちは談笑し、喪主の母はだんまりしつつも、一応のところ食事が喉を通るようだ。


 45分後、先ほどのおじさんスタッフに案内されて拾骨スペースに通された私たちは、焼きたてホヤホヤで物凄い熱気を帯びた祖母の骨を目の当たりにした。頭蓋骨も原型を留めていない。それほどの高温で火葬するのか、それとも予めスタッフによって砕かれているのか。おじさんスタッフに訊く気にはなれなかった。


 参列者が割り箸を持ち台を囲って、順に骨を壺に収めてゆく。私の左隣に母、右隣に父がいるが、私と母との間には一人分ほどの間隔がある。


 祖母よ、お主、隣におるな。


 頭が痛くなるほど大きな耳鳴り。自分の骨を見に来たか。というより、ずっとこの式に同行しているのだろう。これを口に出すとふざけていると思われそうなので黙っておこう。


 祖母は自らの葬式を見て、どう感じているのだろう。訊いたところで返事があったとしても聞こえない。すぐ隣にいるのに。


 死別とは、そういうことだ。


 同じ空間にいるのに、耳や口が不自由でもないのに、言葉を交わせない。


 そういうことは、肝に銘じておこう。


 拾骨が終わると、私たち参列者は駅前の斎場に戻り、控え室に置いた荷物を回収して解散となった。


 葬式とは、こんなにも呆気ないものなのか。私のみでなく、母を除いた親族までもあまり感情の波を感じなかった。


 これから祖母の家をどうするかとか、諸々の問題とともに遺骨を持ち帰り、とりあえずリビングに置いた。


 玄関で清め塩を頭からぶっかけた私は制服を脱いでシャワーを浴び、私服を纏った。続いて父がシャワーを浴びた。


「美空、ちょっとお散歩でもしようか」


 父に誘われ歩いてきたのは家から徒歩10分の海。シャワーを浴びたばかりなのに再び全身に塩をぶっかけようとは、父はなかなかどうかしている。道理でダルメシアンを野性動物としてでっち上げるような娘が誕生したわけだ。


「海は広い。この海の向こうに、アメリカも、オーストラリアも、北マケドニアもある。ここからずっと真っ直ぐ地球を辿れば、再びここに着く」


「うん」


「でも、この世界をくまなく探しても、もうおばあちゃんはいない」


「うん」


 波打ち際まで歩きながら会話ともいえない会話をして、足を止めた。これ以上進めば、大きな波が打ち寄せたときに足首まで濡れてしまう。どこまでなら進んでも良いかの境界線は、ときどき海を散歩していれば勘でわかるようになる。


「美空は、好きなことをずっと続けて生きなさい。絵本でも、なんでもいい。鞍替えしたっていい」


「……うん」


 現実に呑まれ、自らが満たされない道を選んで、不満ばかり言って、人に強く当たって、葬式さえもさほど悲しまれないような死に方はするな。それは誰より、自分自身が不幸せだ。父はそう言いたいのだろう。


 それに、好きなことをずっと続けられるというのは、何もないに比べて大層幸せなのだろう。想像みよう、勉強や好きでもない仕事だけに身を捧げる人生を。人によってはそれでも良いかもしれないが、私にとっては人生捨てたも同然だ。


 人は生まれ変わるというけれど、星川美空は一度きり。


 一度きりの人生の結果が出るのは、この修行の旅を卒業するとき。


 正直、祖母のように不満を垂れ流す日々を送って卒業の日を迎えたくはない。頑張れば良いと言えば簡単だけれど、これがなかなか難しいのも承知。


 祖母の命日に法律上の18歳を迎えた私だが、これは何かのメッセージだろうか。


 だとしたらきっと、自分の道を踏み締めて、夢に見た祖母の行き先へ逸れないように、結果として幸せだったと思える人生を送れるように、仕向けなさいということではなかろうか。


 これからも現実に苛まれる日々が続くだろう。そこに立ち向かい、未来を拓く術を身に付ける。これが私の当面の課題で、祖母から最後に学んだことだろう。


 さて、絵本づくり、今夜から再開しよう。

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