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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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216/307

見慣れた景色の中を

 祖母が私に対して全く愛情がなかったかといえば、そうではないだろう。


 不器用な祖母なりに、夢も希望もない堅苦しくて窮屈な、しかし現実味の強いことを言っていたのも、世の中の厳しさを知っているからだろう。


 近所のラーメン店へ味噌ラーメン(美空だけに……)を一人で食べに行ったとき、店主のおじさんと雑談をした。その中で彼は、「死者が夢に出てくるのは相当なエネルギーが要る」と言っていた。それがほんとうだとしたら、祖母は私に対して相当なエネルギーを使ってくれたことになる。


 なぜおじさんと話になったかというと、その店は創業40年以上と古く、亡くなった常連客もおり、たまに引き戸の開く音が聞こえたのに、お客さんの姿が見えないときがある、という話をされた流れから心霊現象の話題になった。


 祖母に対し恨み節はあるけれど、もう亡くなったのだからあれこれ考えても仕方ない。なるべく良い面を見て送り出そう。


 生前の祖母とは似つかわしくない、オカリナ風のしめやかなBGMが流れる斎場。いよいよ出棺が間近に迫り、私たち参列者は亡骸に花を添える。私は小さな向日葵ひまわりの花を、もう目覚めない祖母の顔の左横に置いた。


 参列者の中で涙を浮かべているのは母だけ。晴れ着女は無表情だが内心大喜びだろう。しかし、棺桶の蓋に皆交代で小槌を持って釘を打ち込んだときは、この人はもう、ここに閉じ込められて焼かれるしかないのだと実感すると、それはなんだか、どうにも胸が詰まった。


 それにしても、静かな、静かな葬式だ。この場面、母が泣き崩れなくては祖母が報われないのではと思ったが、祖母譲りの高いプライドからなのか、母は決して、人前では嗚咽を漏らさなかった。


 祖母は斎場のスタッフたちの手でエレベーターに乗せられ、私が道路に面した1階に下りたときには霊柩車の中に入っていた。霊柩車には黄金に輝く装飾品はなく、黒い地味なミニバンのようなものだった。


 斎場の前には3台のタクシーが待機していて、私と父はその最後尾に乗車した。


 霊柩車に続いて走るタクシーは、国道1号線に出てビジネスホテルの前や駅前交差点を通過し左折。映画館のある大型スーパー、相模線の踏切、ホームセンター、神奈中かなちゅうバスの営業所を横目に通過。続いて団地やドラッグストア、小さなスーパーなどがある高田たかだニュータウンと、人通りの多いエリアを十数分かけて走り、高速道路の下をくぐったら坂を上がって、景色は住宅地から徐々に田園風景へと移ろって行った。


 私もいつか、この見慣れた景色の中を、真っ暗な空間に閉じ込められて運ばれるのだろうか。

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