夢で会えるなんて、素敵なことね
白い砂浜、透き通った海。茅ヶ崎の海とは思えないほど白い砂だけど、なぜか神奈川中央交通茅ヶ崎営業所のアスファルトで舗装された広大な敷地の両サイドを砂浜が挟んでいる地形になっている。バス会社なのにバスは一台もいない。
と思うと今度はピンク色、黄色、白のコスモスが、360度どこまでも咲き乱れる丘陵の花畑が現れた。瞬間移動だ。
秋の風が、さやかに吹き抜ける。
ああ、これは夢の中だ。からだに怠さがない。
日ごろ悩みを抱えながら生きている私が怠さを感じない場面といえば、夢の中しかない。
バスの営業所と白い砂浜から瞬時に花畑に遷移するなんて、夢としか考えられない。
ああ、そうだった、私はいま、斎場で仮眠を取っている最中だ。線香を焚くために夜通し起きていられなくて眠ったのだった。
でも起きるのも億劫なので、おばばにはもうしばらく道標ができるのを待っていてもらおう。生前、私を想ってもっと丁重に扱っていればこのような扱いをすることなく線香を焚き続けたであろう。
おや、空が曇ってきた。ふわふわと風になびく花たちも、雲に覆われて影を帯びてゆく。
ぽつりぽつり、小雨が降りだした。開けていて雨宿りできそうな場所はない。いや、数百メートル右に高い杉の森がある。
夢の中とはいえ、ああいうところに踏み入るのはきっと良くない。ましてここは斎場だ。呪いの森である可能性もある。
そう、どうせ夢の中。いくら濡れても構わない。まあ、現実世界でびしょ濡れになって風邪を引いたとしても、学校を休む口実になるからそれはそれで良い。
私が濡れるなどして身を危険に晒してはならないのは、夏休み、冬休み、春休みなど長期休業時に限る。なお週末に風邪を引いて土日に寝込んだ場合、体調が回復したとしても独断で月、火曜日を代休とする。ズル休みなので母の目がある(父にバレても構わない)家にはいられず制服で外出し、同校の者に見つからないよう注意しなければならないが。
さて、どうしようか。このままここに立ち尽くしていても仕方ないし、かといって進んだところで特に何もなさそう。
そう迷っているときだった。
「あんた、あまり不平不満を言うもんじゃないよ」
目の前に、祖母が現れた。虚ろな表情で私とは目を合わさず、森のほうを遠目に見ている。
そうか。そうなんだ。
私の髪やスカートは風になびくのに、祖母の髪は動かない。衣服は何を着ているのかもわからずぼやけている。
「そういうことを考える必要がなくなったら、一気に肩の力が抜けた。だから、死に顔は安らかだろう?」
私は返事をするでも頷くでもなく、表情ひとつ変えずその場に立ち尽くす。ここで口を開いたら、きっと私は目を覚ます。開口は眠りから覚醒への引き金となる。
つまるところ、私は祖母との別れを惜しんでいるのだ。生前散々な物言いをされたのに。
背中に、ふわり、ごつりとした感触がある。
そうだ、畳の上に縦1列に3枚の座布団を敷いて横たわったからだ。
ああ、そろそろほんとうに、別れのときなんだ。
でも、夢で会えるなんて、素敵なことね、なんて。
「あんたは、自分に正直に生きなさい。後戻りできないくらいの時間が経ってからでは、もう遅いのよ。後悔して長生きするくらいなら、後悔しないで早くこちらへいらっしゃい。もっとも、後悔しないで私と同じところ行くようであれば、あんたの人間性は相当なものだけど」
「フッ……」
「なに笑ってるのさ」
「ううん、ありがとうね、おばあちゃん」
嘲笑と謝意が矢継ぎ早に湧き出た。最後はいくらかの社交辞令と、いくらかともう少しの心からの笑顔で、お別れができた。彼女の行く先を案じ、胸をずんと痛めながら。




