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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年7月

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211/307

亡骸を前に思うこと

 電話口で母から言われた通り、エレベーターで4階に着くと、まず目に飛び込んできたのは10メートルほど先、台の上に安置された祖母の亡骸だった。腕を胸の上で組まれている。祖母の横には長い線香が一本立っていて、煙がひょろひょろ立ち上っている。


「あら、来たの」


 左の部屋から母が出てきた。白いパンツと黒いシャツのラフな組み合わせ。


 私はこくりと首肯して、来ましたよの意を伝えた。


 祖母の顔を見ると、げっそりした顔は、ようやく苦しみから解放されて果てているようだった。


 それを見た私は目を細め、備え付けのマッチを擦って長い線香に着火した。この星川美空、凡人まみれの組織では使えない社会的不適合者かもしれないが、マッチを使えない女ではない。今どきマッチを使える若者は珍しいらしい。つまるところ、私は珍しい生きものだ。


 この度はどうも、お疲れさまでした。お世話さまでした。


 点火した長い線香を香炉に突き立て、亡骸の前で手を合わせた。南無阿彌陀仏南無阿彌陀仏。


 東北旅行の前、藤沢総合市民病院へ見舞いに行ったとき、このおばばは「あんただれ?」と、孫の私を認識していなかった。そのときからもう、別れを済ませていたつもりでいた。だからかあまり、祖母の死にショックを受けない。かつて散々なことを言われてきたというのもあるかもしれないが。


 しかし、まあ、もう少しくらいは、コミュニケーションがあっても良かったかもしれない。


 深夜1時。18歳の誕生日を迎えて1時間。私はケーキに立てる蝋燭の代わりに香炉に線香を立てていた。祖母の頬に触れてみると、やはり冷たかった。もう生き返りはしないと、ここで完全に受け入れた。


 教室と同じくらいの面積の空間を支配する、どこかもの悲しい静寂。母は仮眠を取っている。


 親が死んでも、眠れるものなのか。


「ふわぁ~」


 手で口を覆う。


 私も眠たくなってきた。夜通し線香を焚くのは無理がありそう。仕方ない、眠ろう。おばばよ、道に迷いたくなければ起きて線香を焚くまで待っていておくれ。

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