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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年4月

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中年教師と豆腐メンタル

 6月下旬、文化祭では昨年好評だった未タイトルのアイドルアニメの続編、というより新曲を披露することにした。5分という短時間で綺麗ごとを並べ立てた青春物語より、音と動画で観客を強く刺激する音楽のほうが良いと判断した。


 ということで僕と瑠璃は楽曲制作、凛奈と澄香は作画の作業を進めている。


 え? 新入部員? 仮入部で全員やめました。


 アニメに明け暮れているような僕だが、昼間は真面目に授業を受けている。居眠りしていて内容は覚えていない。


 他方で美空だが、お祖母さんの容体が悪化して、見舞いに行く頻度が上がっているらしい。3ヶ月で転院となるため、藤沢総合市民病院、湘南茅ヶ崎北西部総合病院、藤沢よつばホスピタルと、色々な病院を巡っているそうだ。僕は中2のとき茅ヶ崎駅の近くにある病院にマイコプラズマ肺炎で入院したが、恐怖の採血と注射、ヒトリノ夜、普段とは異なる環境にストレスが溜まった。


 恐らく美空のお祖母さんはもう、家で暮らすことはない。呼吸器に繋がれて、死を待つのみだ。


 自らがそうなったとき、僕は良い人生を送れたと思えるだろうか。心底やりきったと思えるだろうか。少なくとも近日中にそうなったとしたら、やり残したことだらけでどうしようもなくなる。


 けれど心身疲れたり病んだりして、何にも手をつけられない日もある。感受性が強くてメンタルをやられやすい僕は、そんな日が多い。でも感受性が強くなければ、クリエイターとして長くはやってゆけないだろう。


 感受性の強さは維持したまま、負の出来事も背負って生きてゆく強さ、というのだろうか。そういうものが、僕には必要なのだと思う。それは誰かに貰うものではなく、きっと自ら会得してゆくものだ。


 そんなことを考えていたらチャイムが鳴った。教科書とノートを閉じて、昼食の準備だ。


 コンビニおにぎり(鮭、ツナマヨ、梅)を持って一人で屋上に上がった。友恵と三郎は仕事のため欠席している。こういう日、僕は部活までの6時間強、学校という人の群れの中にいながら誰とも会話をしない場合が多々ある。


 生暖かい春風に吹かれる屋上に上がると、何組かの生徒共がコンクリートに座り込んでバカ騒ぎしていた。気まずく尚且つ気分を害した僕はそこからなるべく距離を取って、普段は足を踏み入れない東側のすみっこに腰を下ろし、校庭と松林のほうへ意識を集中させ、食事を開始。早く食べ終えて、ぼっちを誤魔化すために校内を散歩しよう。


「ふぅ」


 食べ終わった。ごちそうさまでした。


「なんだ、独りか」


 背後右上から野太い声がした。世界史担当の今給黎いまきいれだ。下の名は忘れた。年齢は50代だったと思う。僕らのクラスの授業も担当している。僕は「はい」とだけ返事した。


「いいなあ、若いってのは。やりたいことやって、自由に生きてられて」


 鮮度の落ちた魚の眼をした今給黎は脱力気味に言った。


「はあ、まあ……」


 僕も脱力気味に答えた。やりたいことをやる時間を確保するために身を削って、ほかの人がゲームなんかをやり込んでいる時間や睡眠時間を削っているのだが。


 さやかに吹く海風を浴びる死んだ目のオヤジは、乱雑に髭を生やした口でボソリと語り始める。


「この学校に採用されてからずっと普通科の8組辺りを担当してた俺が、一昨年特級担当に選ばれた。親からもガキからもクレーム三昧で、毎年イジメがあって、犯人を退学させて。そんなつまらんことを繰り返すだけの教職なんてやめて、普通のビジネスマンとして再スタートしようと思った矢先のことだった。


 あぁ、しんどかったけど、頑張ってきて良かった、やっぱ教える素質があると思ったんだよ、勉強も、人間としての生きかたも。けど、違った」


「俺は晒し者にされただけなんだ、つまらん大人の見本として」


 返事に困った僕は、何も言えず黙っているしかできなかった。


「それで今度こそはと思って職を探したが、募集してるのは黒光りしたところだらけで、ろくな転職先がなかった」


 果ての見えぬ仄暗い砂漠を、身が果てるまで歩き続けるしかない男の絶望。アニメで成功しなければ、僕にもこういう未来が待っているのだろうか。その前に野垂れ死にか、事故死か病死か。どうかはわからないが、好きなことに関しての困難には立ち向かわなくては、明るい未来はない。ただの冴えない不審人物として生涯を終える、個人評価で負け組の人生だ。


 もちろん、50代になったからといって何かを始められないわけではない。何かしらの活路はあるのだと思う。


 ただ、本人には、後悔と絶望に包まれた、これまで過ごしてきた時間をどう取り戻すか、これから何かをするにもどうすれば良いか、やれない理由を見つけては、麻薬のような結果として身を蝕む安堵を得るのだろう。


 あのときああしておけば良かった、あの時間はあれに充てられたのではないか、そんな後悔が、僕よりもずっとあるのかもしれない。


 そう、今給黎の砂漠は決して、隣の砂漠ではない。僕も決して青い芝生にはいない。青い芝生にいたとしても、水と肥料を与えねばたちまち枯れる。


 勉強もしなければならない、イヤなことがあって何も手に付けられない日もある。それでも時間は無情に過ぎて行く。それに耐えて、自らのやりたいこと且つやるべきことを進められる精神力が、僕には足りない。くそ、豆腐メンタルは、どうすれば鋼になるんだ。

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