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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2009年3月 宮城、福島の旅

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203/307

ふらっと飯坂温泉

「すみません、本当にすみません」


 この世の真理が案外シンプルだとわかって遠路遥々来た甲斐があったなと満足して仙台に戻り、ホテルで夜を明かし、いざ帰ろうと仙台駅の券売機前で財布の中身を確認したとき、事件は発覚した。


 新幹線特急券を買えるほどの手持ちがない___。


 ちなみに美空はちゃんとお金を残していた。


 茅ヶ崎出発時点で美空と僕の所持金に大差はなかった。ではなぜ、僕にはお金がないのか。


 萬画館でグッズを爆買いしたからだ。


 とりあえず乗車券のみを購入し、東北本線の普通電車、福島ふくしま行きに乗った。福島、郡山こおりやま黒磯くろいそ宇都宮うつのみや戸塚とつかの順で乗り継いで茅ヶ崎に帰る計画だ。


「私は普通電車の旅も案外いいなって思ったからいいけどさー」


「もうちょっとお財布をこまめにチェックしておくべきね」


「温泉に入りたいなぁ」


 友恵、三郎、美空の順で言った。温泉に入りたい? ごめん、いまはお金がない。こんど箱根はこねにでも。


「はい、本当にすみません」


 往路と変わらずボックス席の新型車両に乗った僕らは、とりあえず福島へ向かって快調に進んでいる。


「いいね温泉! 私も入りたい! 今回はホテルのお風呂だけだったからなあ」


「友恵は前回仙台に来たとき、温泉入ったの?」


「うん、仙台の奥のほうにある秋保あきう温泉の旅館に泊まったから」


「アタシも温泉入りたいわ。この辺りにあったかしら?」


 と三郎。


「あ、でも僕、お金が」


「今回は売れっ子漫画家の南野友恵さまが貸してあげるよ」


 なら新幹線代を貸してほしかった。


「この辺りだと、この電車で終点まで行って、私鉄に乗り換えれば飯坂いいざか温泉があるね」


 と美空。


「行ったことあるの?」


 僕が訊ねた。


「うん、家族旅行で」


 星川家はあちこちに行ってるなあ。


 ということで僕らは福島駅で途中下車。鉄道会社が定める旅客営業規則により、仙台から東北本線経由の乗車券なら、仙台都市圏を除き、その間どこの駅でも有効期間内であれば途中下車できる。


 僕らは福島駅で私鉄のきっぷを購入(僕は友恵に買ってもらった)し、飯坂温泉駅に降り立った。福島駅から東急とうきゅう電鉄のお古っぽいロングシートの電車に揺られ25分で着いた。地元、神奈川でいえば小田原おだわら駅で降りてちょっと箱根に立ち寄るくらいの感覚だ。途中下車して日帰り温泉にもちょうどいい距離。僕らもちょっと、一休みしていこう。結論、僕が新幹線代を持っていなくて美空が温泉に行きたいと言ったのは正解だったということだ。


 駅を出ると交差点を隔てて斜め向かいに観光案内所がある。歩車分離式の信号なので斜めでも一回で横断歩道を渡り切り、観光案内所で温浴施設一覧のマップをもらった。共同浴場も旅館の日帰り入浴もあるらしい。


 まだお昼ということで、僕らはまず食堂に入ってラーメンと餃子を食べてから入浴施設を探し始めた。ラーメンは麺がつるつるしていて美味しかった。昔ながらの中華そばだ。餃子はニンニクがシャキシャキ食感が良くクセになる。街に人は少なく、食べものが美味しい。




 僕のようなぼっちで人見知りな不審者が、安心して過ごせる場所。それが飯坂温泉だ。




 もちろん不審者だからといって犯罪行為に及んだりはしない。単純に存在が怪しいだけだ。


 僕らは駅から古き良きコンクリート造りの旅館が建ち並ぶ川沿いを歩いて食堂まで来たが、温浴施設や旅館はその裏道に多くあるらしい。


「うーんと、ここかなあ」


 軽くアップダウンのある道の路側帯で、友恵がマップを広げて首を傾げた。この辺りの脇道を入れば温泉街の中心部に行けるそうだが、はじめての街で友恵も三郎も僕も勝手がわからない。


「さあ。美空は覚えてる?」


「覚えているような、いないような」


「じゃあ、とりあえずこの道を入ってみよう。違ったら引き返せばいい」


 それに、どこに辿り着くかわからない道をゆくのは、ちょっとワクワクする。さて、この道はどこに続いているのだろう。

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