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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2008年9月

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191/307

5分アニメのシーン配分

 なんだろう、この一年の流れは、とても早かった気がする。


 昨年の文化祭では部室で徹夜して気絶して、スポーツドリンクやら房総ぼっちやらをもらって瀕死から立ち上がった。ついこの間のことのようだ。


 そしてきょう、文化祭当日。僕は7時に登校し、真夏のベタリとした暑さを残しながらも涼やかな風が吹く屋上でひとり、海や空を眺めていた。雲にはまだ厚みがあって、北西方向の地域では雨が降っていそうだ。


 雲の塊と富士山の高さを見比べて見ると、雲のほうが遥かに大きい。水蒸気だけで、噴火したら静岡、山梨や首都圏一帯を壊滅させられる霊峰富士を上回る塊ができるのだから、自然の力は恐ろしい。


 大空、大海原の中にぽつんとひとり、冴えない不審者。自身がちっぽけな存在で、自身に降りかかるすべてもちっぽけなことだなんて百も承知だけれど、割り切れるほど器用ではない。


 このあと公開されるアニメのことや将来への不安などのすべてを背負って生きてゆく。



 ◇◇◇



 さてさて午前11時。いよいよ公開のときが来た。まずは12時まで1時間連続、12回繰り返しの上映だ。


 今回はより多くの人の目に触れるため、軽音楽部や演劇部の公演の合間に繰り返し上映することとなった。映画館で本編が始まる前の予告編のような扱いだ。文化祭のチラシには、アニメ目当てで来場する人がいるかもしれないということで、一応上映時間が記載されている。


 照明を控えめにして薄暗い地下講堂にぎっしり並んだ2百名分のパイプ椅子。後方には立ち見スペースもある。


 客席は見覚えのある顔やない顔でぽつりぽつり埋まっている。美空、菖蒲沢さん、平沼さんといった制作に協力してくれた鎌倉清廉女学院の面々、クラスメイト、外部の人と思われる私服姿のオタクっぽい人たちなど。僕という不審者が、見知らぬ不審者たちに作品を見せるときが来るとは。正に不審者による不審者のためのアニメだ。いや違うか? 一応は学校の宣伝のため。


 ステージ脇の放送室の小窓から、僕、凛奈、神崎こうざきさんが客席の様子をちらちら覗く。


「うう、緊張する、ヤバそうな感じのお客さんもいる!」


「さ、咲見さん、『ヤバそうな感じの』は余計です。シンプルにお客さんです」


「ともあれアニメ目当てのお客さんが入ってくれて良かったと僕は思う」


「うん、そうだね、私たちのアニメのためにわざわざ来てくれたんだもんね」


 そう、こういうアニメに集まるのは大概僕みたいな不審者。狙い通りじゃないか。


 では、上映スタート。



 ◇◇◇



『私、七飯ななえらん、新しい自分と出逢いたくて、親元を離れ、北海道からここ、茅ヶ崎に来た。学生寮があるから一人暮らしも安心』


 冒頭、七飯蘭役の瑠璃によるナレーションが入る。主に作画と尺、その他諸々の事情鑑みた結果、キャラクターは二人とした。


『でも、人と話すのが苦手な私には友だちができず、入学初日は同級生の誰とも喋らなかった。

ところが次の日、私に話しかけてきた子がいた』


 内輪話だが、この台詞を読んだ瑠璃と美空もどきの澄香は、まるで自分のことのようだと言っていた。僕も自分のことのように思った。


「やあっ! そこのかわいコちゃん!」


『彼女、海野うみのしずかの第一印象は、まさに湘南の軽薄な子そのものだった。セミロングで活発な、そんな感じの子』


 海野静は友恵のような人をイメージした、いかにも湘南な感じのキャラクター。声は澄香が担当している。


「突然だけど、私と歌を歌おう!」


「え……」


「いいじゃんいいじゃん! 北海道から越してきて、茅ヶ崎には知ってる人がいないんでしょ!? なら思い切って自分をリセットしよう!」


「ど、どうしてそれを知ってるんですか……」


「知ってるものは知ってるんだよ。いいから踊ろう! それとも他に何か、やりたいことでもあるの?」


「あ、ありません、けど……」


「けど?」


「私が歌なんて……」


「そうやってモタついてる時間は人生の無駄遣い! スパッと行こう!」


『こうして半ば強引に、私は歌を歌うことになった。人前に立つことすら苦手なのに、歌なんて。しかも踊りながら歌うなんて』


 尺が5分しかないうえ、うち90秒は歌唱シーンなので、蘭が静に対して難色を示す様子などはいくらかカットした。脚本を書きながら思ったが、もし自分が蘭だったらこの強引な静の振る舞いは大迷惑だ。


『それから毎日、鬼のような練習が続いた。腹筋、背筋、走り込み、苦手なことばかりやった。でも、この強引な展開によって、自分が少しずつ上向いている実感はあった。静ちゃんはイジメるようなタイプじゃないし、実際にそんなことはされず、宗教や悪質商法の勧誘なんかも受けていない。そういう面では信用していい人だ』


 基本的に僕らのような地味な人間が相手を疑ってかかるので、このシーンは欠かせなかった。いや、カットして綺麗な物語にしても良かったけどなんとなく残した。


 スパルタシーンの中に、教室や静の自宅で曲づくりをしたり、屋上や浜辺でパフォーマンスの練習をする回想シーンを入れた。風景に季節感が出るように、晴れた日に舞い散る桜、雨の日のカタツムリが這う紫陽花あじさい、入道雲の下に向日葵ひまわり畑を添える演出も。これは三郎によるもの。


 さて、次はいよいよ文化祭、歌唱シーンだ。

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