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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
2008年8月

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8月10日

 威勢が良く説教が日課で、電車の優先席に座る人は怒鳴りながら杖を振り回し散らす。そんな人間が衰えて、入院して、管でつながれて、言葉も発せなくなり、家族のこともわからなくなった。祖母はここ数ヶ月会わぬ間にすっかり痩せこけていた。


 私が藤沢の病院へ出向いたのは入院から1ヶ月半が経過した8月10日のことだった。


 6月の修学旅行から帰った数日後、母が藤沢にある祖母の家を訪ねたら、倒れていたとのこと。祖父は既に逝去していて発見が遅れた。祖母は倒れる1週間前から風邪をこじらせており、母が毎日看病に出ていた。今回は肺炎を併発したとのこと。


 星川美空という人生で死の概念を理解してからは、初めての別れとなるだろう。


 私の創作活動を否定して、ワイドショーを見て文句を垂れ流すのが日課だった祖母。


 鬱陶しい、目の上のこぶであった祖母の衰えが切なく感じたのは、私にいくらかの愛情を、不器用なりに注いでくれたから。


 あまり趣味でない本をくれたとき、麦茶をコップ一杯くれたときなど、無口な私に事あるごとに「そういうときは『ありがとう』って言うの」と感謝を強要してきた祖母。小学校高学年のころまで、ファミレスなどで祖母にご飯をご馳走になったときに「ごちそうさま」も言わない子だったから、いま思えば納得できないでもない。ただ、当時の私はただ言わされていただけだった。


 生きているうちに、私のことを認識できているうちに、心からの謝意を伝えられれば良かったのだろうけれど、仮に現在も生きていたとしたら、私は現在でも上辺だけの『ありがとう』を繰り返していただろう。教育上そうしてきたと理解しつつも、祖母が過度な要求をしてくるという認識は変わらない。


 世の中には、愛情表現が不器用な人がいる。祖母も、同級生も、まだ出逢わぬ誰かも、清川真幸も。


 茅ヶ崎の病院がどうかはしらないけれど、さすが湘南の首都、藤沢。エントランスから病室まで最新の設備が整えられており、どこもかしこも白を基調とした清潔感ある空間となっている。


 病室の窓からは丘陵地の住宅街と河川、藤沢から戸塚とつか、横浜方面へ続く自動車専用道が見渡せる。都会の喧騒にまみれた藤沢駅前と比較すると、だいぶ風光明媚な景色。


 管につながれて呼吸音しかしない祖母、黙って様子を見守る母、窓の外を見てなるべく母と会話しないようにしている私。


 気まずさしかない。豆粒程度に見える自動車や歩行者を目で追って、気持ちを誤魔化す。


 そんな気まずさの中で3時間を過ごし、私は母とともに帰宅して、自室に籠った。病院から藤沢駅までのバス、藤沢駅から茅ヶ崎駅までの電車、茅ヶ崎駅から自宅最寄バス停までの合計1時間も、私と母の間にほとんど会話はなかった。


「ふ~う、疲れた」


 机に向かって白紙の画用紙を前に、私は息を漏らした。今後、このようなことは何度か続くだろう。そして祖母がこれまで通り罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてくることは、十中八九ないだろう。


 祖母の命がいつまで持つかはわからないけれど、親族の死を待つというのは、なんだか頭と心がもやっとするものだ。元々モヤまみれの人生だから常人よりダメージは少ないというか感覚は麻痺しているだろうけれど、どこかで祖母と理解し合う機会は設けたかった。未練だ。


 重たい荷物や後悔を纏いながら、私はきょうも鉛筆を握った。華やかで笑顔に満ちた世界を描くために。

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