いいカップ
「そういえばさ、アニメ制作部には新入部員、入ったの?」
ミルクコーヒーをすすって、友恵が言った。
「入ったよ。男女1名ずつ」
「じゃあ、少しは戦力増えたんだ」
「増えたと言えば増えたけど、お絵描きその他創作は未経験だし、入って早々カップルになって浮ついて、挙句僕らのことを陰で嗤ってるようなヤツだから、作業は割り振ってない」
「なんじゃそりゃ」
「こっちが聞きたいよ」
「発注した絵を上げないで逃げる人がいるって話は私もよく聞くけど」
「そういうこともあるだろうね。逃げたくなる事情とかさ、色々。僕は創作に理想を抱きすぎていたのかもしれない」
「というと?」
「創作っていうのは、闇や痛みを抱えて、同じような人に希望を与える高尚な活動だと思ってたんだ」
「私はそういうつもりでやってるけど」
「友恵はね。でも、けっこう違ったりする。冷酷無慈悲なろくでもないヤツが、自慰行為のために笑顔いっぱいのイラストを描いていて、上辺のほんの上辺の、アメンボの足が接触してるくらいのすごく薄っぺらいところを見た客がバカみたいに喜んで作家の取り巻きになって、作家は「ありがとう」と言いつつも、どこかで観客を見下している。創作界隈っていうのはそういう世界なんだって、アニメ制作部に入ってからの1年ちょっと、思うようになったんだ」
そういう場面で救われている観客もいるのだろうけれど。
「ああ、まあ、そういう人も、知ってるよ、何人か」
言いながら苦笑する友恵。
「何人くらい?」
「うーんと、ジャンルによってはけっこう」
友恵は右斜め下を見て、僕と目を合わさない。
数秒の間を置いて、僕は再び口を開いた。
「高校に入ったばかりのころは、大学でもアニメ関係のサークルに入りたいと思ってたけど、最近はあまり入りたいとは思わなくなったんだ。僕は、いま仲良くしてるメンバーで創作がしたいんだって。仲良しグループだからってわけじゃなくて、みんな真剣だから。若干1名、気に障る声優志望がいるけど、まぁ、アイツも、真剣だから……」
友恵は僕の話を「うんうん」と、適度に相槌を打ちながら聞いてくれる。そのやさしさに僕は甘えて、友恵自身も相談を受けるのが満更でもなさそう。僕らの間にはそういう関係が成り立っている。僕も友恵に何か相談してほしいと思う反面、彼女ほど大人になれていない自分にもどかしさを感じている。
「いいじゃん? それで」
その言葉を、僕は毎度待っている。この湘南弁のやさしいイントネーションと言の葉を。
「真幸がいっしょにいたいと思えるメンバーは、プロの私から見ても強いと思うよ。どこぞの新入りとか、上っ面だけの卒業生なんかよりもずっと」
卒業生とは、上矢部前部長のことだ。
「ありがとう」
「ひひひっ、あんまり無理すんなっ」
友恵は卓から身を乗り出して、僕の頭をわしゃわしゃした。いいにおい。屈んだシャツの隙間から、少し大きめの谷間が見える。Eくらいかな。
「友恵って、何カップ?」
「Eだけど。Eっていうと大きいイメージかもだけど、思うほど大きくないよね」
「まぁ、確かに」
僕はなんてことを訊いているのだろうと自身で思うが、それに答えてくれてしまうのが友恵。ほかの女子にはこんなこと絶対に訊けない。




