僕たちの音楽
ピンポーン。カメラなしインターホンを押した。十数秒後「はい」と応答があり、「こんにちは、清川です」と告げた。
「なんだ真幸じゃん」
玄関扉を開けて出てきたのは、半ズボンジャージと白地に筆記体の英字がプリントされたTシャツを着た友恵。寝起きなのか、目に涙を浮かべ、口に手を添え「ふわ~あ」とあくびした。現在12時30分。
サザン通りの書店で画用紙、自由帳とペン、Hの鉛筆を購入した僕は友恵の作業部屋を訪れた。インターホンや電話越しに挨拶するとき、僕は慣れた相手でも敬語になる。
「すみません、お疲れのところ起こしてしまったみたいで」
「ああ、うん、5時まで徹夜作業してたからね。何かしに来たんでしょ? 私は寝てるから好きにして」
「ありがとうございます、申し訳ない。おじゃまします」
部屋の中に上げてもらい、前回美空、瑠璃、澄香と作業した座卓に画用紙を置いてから手洗いうがいをし、画用紙を広げて鉛筆を握った。
……。
さて、どんな画にしようか。友恵は隣室で床に就き、雨音がぴちゃぴちゃはじけるシンプルモダンな借家の居間。
セミショートで、左側頭に水色ぽっちの髪飾りをつけた高校1年生の女の子。身長は少し小柄な153センチ。彼女がヒロイン。学校の出し物だから平均的かつ模範的な生徒とした。
ヒロインのプロフィールはどうしようか。
最初からあれこれロジカルに考えても仕方ない。イマジネーションからロジカルをつくりあげるほうが良い作品になりやすい。僕の場合は。
……。あれ? 童謡『赤とんぼ』が聞こえる。トンボの街、茅ヶ崎発祥の名曲で、夕方のチャイムに起用されている。10月から3月は16時半。その他は17時に鳴る。
ということは……。
「わっ」
なんということだ、いつの間にか寝転がって意識が飛んでいた。もう17時だ。
「よっ、起きたかね」
寝転んだまま顔を右へ向けると、崩して座る友恵の膝が見えた。のそり起き上がると、ホットコーヒーを飲んでいた。卓にはパッケージを開いて長い箱から中の茶色いプラスチックケースが半分出た状態のクッキーがある。
「コーヒー飲む?」
「うん。お願いします」
数分後、ミルクと砂糖を入れたホットコーヒーを持ってきてくれた。青いパッケージの香味豊かに焙煎された高級インスタントコーヒーだ。
こころ解れる深い味わいと、マグカップに描かれた、木に留まる月夜のふくろうの絵。美空はこういう絵を描くプロになろうとしてるんだな、なんて思った。いい仕事だ。
「ああ、美味しい」
「真幸さ」
「ん?」
「これを見た感じ、絵から描こうと思ってるみたいだけど、楽曲が先じゃない?」
僕の手元に置いてある画用紙と鉛筆を見て、友恵が言った。
「楽曲ができて、それに合わせて絵を描くの」
「うん、そうだよね。このコンテはまだアバンのシーンで、曲は入らない予定だから、先に描いてみたんだけど」
「そっか。それで、楽曲は浮かんでる?」
「いや、それがなかなか。青春系の音楽って、どんな感じなのかなって聴いてみたりはしたんだけど、淡い恋心とかそんな感じのが多くて、パクるにパクれない」
パクるといっても、もちろん盗作はしない。世に出回っている楽曲を聴いて、インスピレーションを得るのだ。
「なら、これ、私がちょっと手を加えてもいい?」
「え、でも友恵、忙しいんじゃ?」
「気分転換したくてさ。普段は漫画描いてるけど、音楽もやってみたいなって、思ってたの」
「ほんとに? じゃあ有難く手伝ってもらおうかな」
「オッケイ!」
グッと親指を立ててぺろり舌を出す友恵。
ありがたやありがたや。ネコの手でも借りたいときに、神の手が現れた。
友恵はどんな楽曲をつくるんだろう。純粋に楽しみだ。




