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名もなき創作家たちの恋  作者: おじぃ
アニメ制作修羅場2

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鬼修羅去ってまた鬼修羅

 文化部発表会から2ヶ月、神無月に入って僕はきょうも、雨のにおいを味わっていた。なんて少し洒落たことを考えながら、カタツムリを横目に松の大木が雨粒を遮る街をひとり歩く。行き先は決めていない、ただの散歩。


 高砂緑地周辺は人通りまばらで、その敷地内の庭園に入ってみると、来訪者は見当たらない。ところどころはすが浮かぶ小さな池にはアメンボがスイッ、スイッと、滑っている。その下には群れてキョドキョド動き回る小魚の姿。メダカだろうか。雨粒やアメンボが起こす波紋で水中は見にくいが、よく見ると近くにはアメリカザリガニが身を潜めているのがわかる。見えないが、泥の中や蓮の裏側には恐らくトンボの幼虫、ヤゴが潜んでいる。小魚の周りは敵だらけだ。


 池の上約1メートルには、黄緑の眼、胸と黒地に水色の星模様が散りばめられた大型のトンボ、クロスジギンヤンマが所狭しと俊敏に滑空している。メスを捕まえて交尾するための縄張りパトロールだ。雨なのにご苦労なことだ。クロスジギンヤンマは主に4月下旬から7月上旬にかけて、すぐそばに建物や木立のある溜め池によく見られる、閉鎖的な環境を好む初夏のトンボ。自分やメスが天に召されるまであと少し。早く子孫を遺さねばと焦っているのかもしれない。


 蒸し暑いけど、静かな緑地。静かな環境を好む僕はときどき、ここを訪れる。それは別に創作のアイディアを浮かべるためではなく、単なる気分転換。日頃から海ばかり見ていると、緑も恋しくなるというもの。


 喉が渇いたな。


 高砂緑地の北隣は図書館。その出入口脇にある藤棚の下にはパック飲料の自販機とベンチがある。さっそくそこへ行って飲むヨーグルトを購入し、ベンチに座ってやや散った藤の花を見上げた。


「あぁ、やっぱりキャラクターだけだったなぁ」


 独り言を漏らした。周囲に数人歩いているが、雨音で聞こえなかっただろう。


 発表会での動画はキャラクターの動きには徹底的にこだわったものの、背景は講堂のステージというシンプルなもの。色眼鏡で見なければそれだけでも十二分に楽しめる作品だが、『萌えアンチ』が多く存在するのも事実。彼らに萌えキャラクターだけをフォーカスした作品を見せてもウケなかったどころか、気味悪がられたと、そういうことだ。


 それはそれで仕方ない。僕にだって苦手な作風はある。そういう連中がよく好むグロテスクな見た目のキャラクターは苦手だ。


 彼らを納得させられるかはともかく、せめて僕自身は納得したい。やはりキャラクター‘だけ‘の作品は、納得できない。キャラクターが身を置いている環境、湘南海岸学院のプロモーション映像だから主に茅ヶ崎だが、生徒の出身地として北海道や沖縄、海外だって描いて良い。家での様子や休日のコマがあっても良い。


 だがそういうものを描くには、僕自身の引き出しが必要だ。僕がよく知っている場所なんて、せいぜい関東と静岡県くらい。西は沼津ぬまづ、東は埼玉県の大宮おおみやくらいが僕の主な行動範囲だ。


 お、これだけ範囲があれば意外といけるのでは。


 動画は89秒。テレビアニメのテーマソングに使う尺と同じ。短い尺の中であれやこれやと詰め込むと、情報量が多すぎる。


 とすると、例えばメイン舞台は学校所在地でヒロインAの出身地である茅ヶ崎として、他2名程度のメンバーの出身地をほんの数秒流せば、他所の街の人同士で繰り広げられる青春のプロローグのできあがり。どんな未来が待っているだろう? 私たちの青春が始まる! みたいな。


 よし、なんだかいい感じだぞ。


 けれど困った。次の動画公開予定日は3ヶ月後の9月に行われる文化祭。余裕があるようで全くない。まだ曲も絵コンテもない、たったいま僕の頭にぼんやり浮かんだだけの作品。生きものに喩えるならたったいま命が宿ったばかりだ。


 とにかく一刻も早く動かなければ。とりあえずすぐそこにあるサザン通りの書店で画用紙を買って、作業に取りかかろう。

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